溺れる髪

創作短編小説

 寝苦しい夏の夜、若者は涼を求め外に出てしまいがちだ。意味もなくコンビニの駐車場に溜まったり、バイクや車で走り回ったりする。夏のイベントといえば、花火や祇園祭、七夕などであるが、どの地域でも心霊スポットを巡り肝試しをするのは、夏の定番行事になっているのだろう。我が地元も例外ではなく、夏休みともなれば心霊スポットと噂される場所に若者の集団が現れ、夜中に大騒ぎをしては付近の住民に迷惑をかけていた。

 もう三十年も前になるが、何日も降り続いた雨が止んだ夏の夜、同じ専門学校の友達である吉岡と亀井とともに、県境の山の中にある心霊スポットのダムへ向かった。台東区出身で専門学校近くのアパートを借り独り暮らしをしていた亀井が、同じゼミの奴から話を聞き「俺が車を出すから行ってみよう」と誘ってきたのだ。

 二年前の夏休みに恐怖のドライブを体験していた俺は乗り気じゃなく最初は断ったのだが、同じ高校出身の吉岡に懇願され、俺も行くことになった。集合場所は専門学校の駐車場、今夜九時。

 集合時間ギリギリに駐車場へ行くと吉岡が来ており、少しして亀井が到着した。早速亀井の車に乗り込み、三人でダムへ向かう。吉岡は亀井に、昔、ダムの横にあるトンネル近くの家で強盗殺人事件があり一家が皆殺しにされた話や、事件が発生した夜十一時ごろ、家から逃げ出したもののトンネルの中で犯人に殺された女の悲鳴が聞こえる話などを聞かせていた。

 ――嘘だ。

 助手席の吉岡の話を耳にしながら、心の中でそう思った。幽霊なんている訳ない。それに、そう思わなければ頭がおかしくなってしまうような体験をしていたし、幽霊がいたとしても、お化け屋敷みたいに決まりきった登場のしかたをするはずもないだろう。

 吉岡の話を聞いてるうちにダムに到着し、トンネル手前の電話ボックスがある路肩に停車して車を出た。外灯が無く真っ暗闇の道路を、懐中電灯を頼りにトンネル目指して進む。灯りは点いてるものの、ジメジメして気味が悪いトンネルの中を恐る恐る歩いていき、向こう側に見える崩れ落ちそうな古い家屋の前へたどり着いた。

 ここで吉岡が、自分から怖い話をしておきながら「気持ち悪い」と言いだした。俺と亀井は顔を見合わせ、吉岡を連れて車に戻ることに。それにしてもトンネルというのは、「幽霊なんかいない」と思ってても気味が悪い。案の定、幽霊なんか出なかったと思いつつも、ドキドキと血液を循環させる心臓の鼓動を聞きながら車まで歩いてきたとき、突然電話ボックスの公衆電話が鳴った!

「うぉっ!」

 突然の出来事に驚いたと同時に驚かされたのに頭にきた。そういえば、公衆電話にも電話番号が割り振られているので、間違い電話がかかってくることがあると聞いたことがある。俺はビビる亀井に吉岡を任せ、公衆電話の受話器を取った。

「ゴポゴポゴポゴポ」

 まるで水の中で息を吐いてるような音。直感的に女の声だと思い、慌てて電話を切った。

「ヤバい。帰ろう!」

 完全にビビッている亀井に言い、吉岡を車の助手席に乗せたとき、亀井が不思議そうな声をあげた。

「なんだあれ! 魚とは違うぞ!」

 亀井が指さすダム湖を見ると、月明かりに照らされた湖面に明らかに魚とは違う形のものが、パチャパチャ音を立てながら俺たちの方に向かって移動してきている。まるで女物の黒髪のカツラのようなものが溺れているというか泳いで近付いてくるのを見た瞬間、俺の全身に鳥肌が立ち亀井に向かって叫んでいた。

「車を出せ! 殺される!」

 焦って車に乗り込み、亀井が車を発進させ道路に出ると突然「ドン!」という衝撃を車に受け、サッカーボールくらいの大きさの黒い塊が車の屋根からボンネットに転がり落ちてきた。まるでマリモのようなその物体の奥からは片目が覗いており、異常な怒りと憎しみに満ちた光を放っている。

「ギャアァ~ッ!」

 驚いた亀井がハンドル操作を誤り危うくダム湖に落ちそうになったが、なんとか車の体制を立て直した。大きく車が振られたためか、あの黒い塊はボンネットから消えている。心臓が体から飛び出しそうなほど高鳴っており喉もカラカラだったため、途中でコンビニに寄ったのだが、外に出て車を見ると、黒くて長い髪のようなものが濡れた車体に何本も付いていた。

 その夜は恐怖と疲労で会話もなく帰ったが、あれから数年、雨が降らずあのダム湖も底が見えそうなほど渇水した年、湖の底から古い車が姿を現した。車内に男女と子供二人の白骨を乗せたまま。ニュースやワイドショーでも取り上げられたその車の持ち主は、二十数年前一家で行方不明になり、借金苦で夜逃げしたとされた家族だった。消防署員としてその車を引き揚げた知人の話では、なぜか母親の白骨だけに髪が残っていたという。

《了》

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