Ghost Dance

創作短編小説

 高校三年生の夏休み、お盆直前に山の向こうに飛行機が落ち大惨事になった。隣の県の、我が県との県境にあるふたつ隣の街の学校の校舎や体育館が遺体収容場所になり、うちの方まで大パニック、ふたつ隣の街は住民や市内の会社へ行く人以外は街にすら入れない状態だった。

 誕生日が夏休み前の奴には、合宿免許などを使って夏休みに車の免許を取得する奴もおり、俺の友達には夏休み前に免許を取得してしまった奴までいて、俺もそいつらの車に同乗し、夏休みは勉強そっちのけでドライブ三昧、海へ行ったり山へ行ったり遊びまわっていたが、不謹慎にも飛行機が落ちた三日後に様子を見に行ってみようとして、県境で群馬県警の警察官に怒鳴られて引き返したのを覚えている。

 お盆も終わり、夏休みもあと二週間を切った頃、同じ高校の友達である前原と藤原に誘われて夜のドライブへ行くことになった。他のクラスにいる俺と同じ堀口という名字の奴が免許を取得したので、そいつが車を出すらしい。俺と前原は堀口を校内で見かけたことがあるくらいで親しくなかったが、三年生になって同じクラスになった藤原が堀口と一緒に遊ぶようになっていた。前原から聞いた話では二人とも同じアイドルのファンで、そのへんの共通点から親しくなったらしい。今夜九時に堀口が藤原の家の近くにあるコンビニまで迎えに来るという。

 夜九時ちょっと前に藤原の家に行くと、すでに前原が来ていた。

「お、堀口が来たぜ!」

「よ~し! じゃあ行くか!」

 藤原の家に自転車を止め、三人でコンビニへ歩いていくと、堀口がシャコタンでフルエアロの白いスカイラインから降りて、灰皿のところでタバコを吸っている。俺たちを見つけた堀口はタバコの火をもみ消して手を挙げ、軽い話を交わしながら車のドアにキーを差し込み、ロックを解除した。

 堀口と合流した俺たちが車に乗り込んでどこへ行くか話していると、助手席に座っている藤原が、誰から聞いたのか分からない噂話を話しはじめる。

「飛行機事故の死体、藤山高校に置いてあるんだろ? 事故で死んだ歌手の霊が体育館のステージで歌ってるらしいぜ」

「ウソウソ! 幽霊なんかいるわけねえじゃん。俺、他の奴らと先週行こうとしたんだけど、県境の橋で止められて藤山市に入れねえんだよ」

「先週の話だろ? もう街へ入れるかもしれねえぜ?」

 ――まだ無理だよ、と思ったが、他の三人が藤山市へ行ってみようと言うので、俺は三人の意見に従うことにした。コンビニの駐車場から出発し、一路藤山市へ。街へ入れないためか藤山市方面の道路は空いていて、ニ十分くらいで県境の橋に着いたのだが、案の定、橋は封鎖されていて警察官に引き返すよう言われてしまう。仕方なくUターンして引き返して再びどこへ行こうか話したが、話しは次第に雑談になり、目的地も決まらないまま車を走らせ続ける。

 四人でゲラゲラと笑い話をしながら南へ行ったり東へ向かったりと百キロ以上走り続け、夜十二時を過ぎた頃、喋り疲れた俺たちのうち誰からともなく帰ろうという話しが出たので、国道に出て車を西へ向け走りはじめた。

 それにしても今日は蒸し暑い。夕立があったためか、夜遅い時間にもかかわらず異常にジメジメしてる。車内はエアコンのお蔭で快適だが、コンビニに立ち寄ったりで車外に出ると、地面から生ぬるい水蒸気が吹き上げてくる感じだ。

 車内の会話も少なくなって車が隣街まで来たとき、俺たちが「ガメラ館」と呼んでいる、屋根が丸いドームみたいになっているガソリンスタンドがある十字路の信号で停車した。前方の信号は赤。助手席の後ろに座っていた俺がダルくなった首を捻って左を見ると、歩道に日傘をさした女が立っていた。

 歳の頃三十歳くらい。無表情でうつむき信号待ちをしている女は、よく見るとモンペに着物のような服装をしており、何故か裸足である。

(ヘンな女だなぁ……)

 最初は精神病院から患者が出てきてしまったんじゃないかと思った。今どきモンペを履き、真夜中に日傘をさして立っているなんて頭がおかしいとしか思えない。真夜中にモンペ姿で日傘をさして立っている女がシュールなためしばらく女を見ていたが、奇妙なことに、女は立ったままなのに周りの風景は後ろに流れている。

「うわあぁ~っ!」

 突然、車内に悲鳴が響き、隣を見ると前原が口を開けたまま顔を引き攣らせている。

「いま何キロで走ってる!?」

「六十キロだけど。どうしたんだよ? デカい声出しちゃって」

 いきなり話しかけられた堀口が不思議そうに答えると、前原は凄い顔のまま震える手で俺の方を指さした。

「お前も向う見てたろ? 見たよな?」

 同意を求める前原の言葉に、俺はハッとなった。おそらく、前原は俺と同じものを見ていたのだ。

「ひょっとして日傘をさした女か?」

 俺の言葉に無言でうなずく前原。助手席の藤原も同じ女を見ていたと言う。だけど、どう考えてもおかしい。赤信号で停まっているときならともかく、時速六十キロで走る車の横に、僅か数秒とはいえ、ぴったりくっついて歩ける人間なんかいるわけがない。

 車内が大騒ぎになりはじめたとき、前方の信号が黄色になるのが目に入ったと同時に、再び車内に悲鳴が響いた。

「ぎゃあぁ~っ! 見るな! 見るなぁ~っ!」

 悲鳴の主は運転している堀口。堀口は前方の赤信号を無視して十字路を左へ曲がり、なにかを振り切ろうとするかの如くスピードを上げた。突然の堀口の悲鳴に俺と前原と藤原は恐怖で固まり、喋ることすらできない。藤原の家まで約十五分、百キロくらいのスピードで走る車の中は、完全に恐怖という空気に制圧されている。

 やっと藤原の家に着き、俺たち三人を降ろすと堀口は挨拶もせず、再びすごいスピードで車を発進させて帰っていき、俺と藤原と前原も「じゃあな」と、一言だけ言葉を交わし別れた。

 あのとき、堀口がなにを見たのか気になったが、二学期が始まり学校で話しをしても、堀口は嫌な顔をしてそっぽを向いてしまい、答えてくれない。やがて冬になり、そんな記憶も薄れていき、俺たちは三月に高校を卒業した。俺と前原は同じ学校に進学したが、オリエンテーションなどが終わって授業が始まった四月後半、藤原から電話がきた。

「堀口、交通事故で死んだって」

 藤原の一言で、あのときの恐怖のドライブが甦ってきた。某アイドルのファンだった堀口は、彼女が飛び降り自殺した現場へバイクで行き、帰りに隣街の国道でダンプカーの後部にノーブレーキで追突、即死だったらしい。しかも堀口が死んだのは、俺たちが日傘の女を見たあの十字路だったのだ……。

 通夜は土曜日、葬儀が日曜日とのことで、俺は藤原と前原と一緒に出席することになった。

 翌日、斎場での通夜が終わった後、堀口の両親に挨拶に行くと、堀口の親戚らしき人たちの会話が耳に入ってきた。

「ダンプの運転手は精神鑑定をするんでしょ?」

「薬物検査と精神鑑定をするらしいよ」

「ぜったい頭がおかしいのよ。夜遅いのに、日傘をさした女が飛び出してきたから急ブレーキをかけたなんて」

 その話しを聞いたとき、ゾッとして鳥肌が立った。横にいる藤原と前原を見ると、二人とも血の気が失せた顔で下を向いている。この場にいるのが辛くなり、手早く堀口の両親に挨拶を済ませて斎場を後にした。喫煙場所へ行き三人でタバコを吸いながら、あの日、堀口はなにを見たのか小声で話していると、前原が不吉なことを話しはじめた。

「なあ、あの日って八月十九日だったよな」

「それがどうしたんだよ?」

「――バイクって読めねえか?」

 俺たち三人しかいない喫煙所は重苦しい空気に包まれ、涙目になっている藤原が無言でタバコの火を消して車に向かう後を、慌てて俺と前原が追う。車中で翌日の葬式は遠慮しようと話し合い、そのまま寄り道もせずに帰宅した。

 今もあの十字路を通る度に、あの日、堀口は何を見たんだろうと考えてしまう。アイドルの後を追うように亡くなった堀口は、あのとき見た日傘の女に連れて行かれたのではないのか? そうでなければ、ダンプカーの運転手が「日傘をさした女が飛び出してきたから急ブレーキをかけた」なんて言うわけがない。

 今でも俺は、堀口を黄泉の国へ誘った日傘の女があの十字路に無表情で立ち、誰かを殺しては不気味な死の舞を舞い、ニタリと笑っているのではないかと思っている。

《了》

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