思い出のステップ

創作短編小説

 人生は駄菓子屋で買い物をするようなものだ。甘いお菓子に酸っぱいお菓子、しょっぱいお菓子を選んでいく。選択次第で酸っぱいお菓子ばかり食べることになり、甘いお菓子を買うことはない。特に若い頃は選択が下手で、酸っぱいお菓子やしょっぱいお菓子を買いがちだ。そう、俺のように。

 高校二年生の秋、同じクラスの前原と藤原のバンドが、文化祭で演奏するので手伝ってほしいと休み時間に持ちかけられた。だが、連中が演ってる曲はアルフィーやBOØWYなどの流行曲で、俺のバンドで演ってるパンクロックとは違っていた。

「ボーカルがいないからさ、手伝ってほしいんだよ」

「お前のバンドで演ってる曲、俺の知らねえ曲ばっかじゃん。アナーキーやモッズ演るなら手伝えるけどさ」

「そんなこと言わないで頼むよ。レコード貸すから覚えて歌ってくれって」

「バンドの誰かが楽器を弾きながら歌えばいいだろ?」

「みんな、いっぺんに二つのことは無理なんだよ。それに石井が、堀口なら入れてもいいって言うんだ」

(石井が俺ならいいって言ってるのか……)

 俺は腕を組んで考え込んだ。一年生のとき同じクラスだった女の子、石井とは進級して別のクラスになったが、彼女とはウマが合うというか、考え方や趣味が似ているといえば良いのか、別のクラスになっても友達付き合いが続いていた。前原など、石井の彼氏は俺だと思ってたくらいだ。二年生になって石井は、俺と同じクラスになった福島と付き合いはじめた。福島がギター、前原がドラム、藤原がベース、石井がキーボードで一緒にバンドを組んでおり、やはりバンドをやってる俺と仲が良く、みんなで遊んだりしていたのだ。

「わかった。手伝うからレコード貸せよ」

「決まりぃ! 放課後、美術室の横の空いてる教室で練習するから堀口も来いよ」

 ――石井のためだ。そう自分に言い聞かせ、俺は前原たちのバンドを手伝うことにした。この頃俺は、なぜか石井が気になっている。それを石井も気づいてるのか、二人の間はちょっと微妙な空気が流れていた。福島に気を使って、なるべく二人きりにならないようにしているんだが、そんなことも関係してるのかもしれない。

 退屈な授業が終わり、前原と藤原とともに美術室の横の教室に行くと、教室の中から聞き覚えのある男女の声が聞こえてきた。声の主は福島と石井。二人の声はあきらかに揉めている感じであり、俺たちはドアを開けるのを躊躇し廊下に立ったまま聞き耳を立てた。

「行くって言ったろ! なんでダメなんだよ!」

「だって、お父さんとお母さんが許してくれないから……」

「じゃあいいよ! せっかくチケット取ったのに! 他の奴とライブ見に行くよ! もうお前とはやってられねー!」

 福島の怒鳴り声が聞こえなくなるとドアが開き、石井が真っ赤な顔で涙をポロポロこぼしながら飛び出してきた。

 廊下を走り去る石井を追いかけようとしたが、恋人どうしの諍いに入ったら余計話が大きくなる。俺は藤原と前原と顔を見合わせて教室に入り、怒り顔でズボンのポケットに両手を突っ込んだまま立っている福島に声をかけた。

「どうしたんだよ? 石井、泣いてたぜ?」

「あいつ、自分からBOØWYのライブ見に行きたいって言って俺にチケット取らせたのに、今になって行けないって言うんだぜ! ふざけやがって!」

 くっだらねぇ……。

 正直、心の中で思った。ライブを見に行くかどうかで喧嘩別れかよ……。石井の家は両親が厳しいし、そんなこと福島だって分かってたはずだ。

「練習どうするんだよ?」

 戸惑う藤原が当然のことを言った。俺たちはバンドの練習に来たんだ、痴話喧嘩を見るために来たんじゃない。

「四人で演ろうぜ。もう、石井はバンド抜けると思うよ」

 前原の言葉に全員下を向いた。当たり前だ。彼氏と一緒にやってたバンドなのに、別れたら戻ってくる訳がない。仕方ない、キーボード抜きでやろう。だけど、歌ってても石井が涙を流している顔が頭から離れず、何度も歌詞を間違えて歌ってしまう。そんな状態で練習しながらなんとか歌詞を覚え、文化祭当日を迎えた。

 四組演奏するうち、俺たちの順番は三番目。この文化祭で学校のバンドが演奏する、あの空き教室の中には二十人くらい生徒が来ている。俺の友達、小田や優子たちも来ていた。各バンド二十分の持ち時間、一組目のバンド、二組目のバンドと演奏が終わっていき、いよいよ俺たちの出番だ。

 マイクスタンドの高さを調節し、ドラムのカウントに合わせてバンドが音を出し始めたとき、優子の友達の由香里が、誰かの手を引っ張りながら入ってきた。

 ――石井?

 うつむきながら教室に入ってきた彼女を見て、ちょっとドキッとした。だけど、石井は福島を見にきたに決まってる。練習のときに石井の顔が頭から離れなかったことといい、今の自分の反応といい、ひょっとして俺、石井のことが好きなんじゃ……。

 歌いながらそんなことを考えてると、当然のように歌詞を間違える。頭の中から石井を消し、歌うことに集中しよう。好きなバンドの曲じゃないので、歌詞の一部に怪しいところがあったが、なんとか五曲終わらせることができた。

 演奏が終わり、教室を出て水道で水を飲んでいると、優子と千穂と由香里が俺の側にきて、福島と石井のことで話があると言う。何事かと聞くと、福島と別れて落ち込んでる石井を一緒に慰めてほしいらしい。そんなことならと気軽にO.K.し、文化祭が終わったら国道沿いにあるファミレスに集合することになった。

 後夜祭への参加をパスしてファミレスへ行くと、すでに優子たちが来ている。席に着いて、しばらく女の長話を聞かされてから、俺は石井に福島への未練があるか尋ねることにした。

「石井の気持ちはどうなんだよ? 福島とは終わりでいいの?」

 俺の言葉に、全員が固唾をのんで石井を見つめるものの、石井はモジモジ下を向いたまま何も答えない。でも、これで石井が福島に未練があるのが分かった。石井の態度を見てたら、なんだか自分が石井を好きなんじゃないかと思っていた気持ちが消え、再び女の長話を聞いてから俺が福島の気持ちを聞くことが決まり解散。ファミレスを出たところで、二人で話がしたいと俺から石井に声をかけ、自転車で街の南にある我が家の近くの丘に向かった。

「俺が福島に話すから安心しろよ。あんまり落ち込んでるのは、お前らしくないぜ」

 夕暮れの光の中、丘の芝生に座り、俺は落ち込む石井を慰めた。俺が福島との間をとりなすことや学校でのこと、とにかく石井が元気になりそうな話をしているうち、すっかり日が暮れて辺りは闇に包まれ、星空の中に大きな月が出ている。いつまでもここにいる訳にいかない。俺は制服についた芝を払い落として立ち上がり、月明かりに浮かび上がる石井の顔を見た。

 やっぱり俺、石井が好きなんだ……。

 淡い光に浮かぶ彼女の顔を見てドキドキと心臓が高鳴り始め、「帰ろう」という言葉を言えず、石井に右手を差し出し立つように促すと、ポケットからウォークマンを取り出してカセットテープを再生し、インナーイヤーフォンの片方を石井の耳に入れ、片方を自分の耳に入れて石井の手を握ったまま曲に合わせ二人で踊りだした。

 手を伸ばせば星に届きそうな丘の上で、月光に照らし出された俺たちは大きな星空を背景にして同じステップを踏みながら一曲踊り、それから石井を家まで送っていったが、帰り道で、やっぱり俺は人生の選択が下手だと改めて思った。あのまま告白していれば、もしかしたら俺が石井と付き合うことになってたかもしれない。でも、俺の気持ちを押し付けるより石井の望みを叶えてやったほうがいい。

 人生の選択は駄菓子屋で買い物をするようなものだけど、俺は今回も酸っぱいお菓子を選んでしまった。だけど、この酸っぱいお菓子は、俺の人生の中で甘酸っぱい思い出になるに違いない。あの丘の上で石井と踏んだステップは、歳を取ってから間違いなく甘いお菓子のような記憶として思い出すだろう。

≪了≫

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