Heaven Sent:第十七話

創作長編小説

 自室に籠ってゴロゴロしてると惨めな自分の姿しか浮かばないので、どんどん鬱になってくる。それでも何もする気にならないし、このまま夜まで過ごしてしまおうかとも思ってしまう。部屋の窓に目をやると信号機があの時と同じように青、黄、赤と変わっていく。あの夜、この部屋で初めてあの光を見、声を聞いた。あの時のことは今でも夢か現実か区別がつかない。中学校を卒業してから、あの日一緒に神社へ行った奴と出会う度に木が倒れるような不気味な音を聞いた話しが出るので、神社での出来事は実際に起こった事だと確信している。だが、この部屋へ戻ってから体験したことが夢なのか現実なのか、判断がつかなかった。

 床の上に寝転んだまま夢で見る光と声のことを考えていると、部屋の外からお袋の声が聞こえてきた。

「達也、お昼ご飯まだなんでしょ? 作ってあるから食べちゃいなさい」

 腕時計を見ると午後二時を回っていた。そういえば今日は朝から何も食べてない。もっとも食欲が湧かないから食べたくもなかったが、せっかく作ってくれたんだし何か食べておかないと体が参ってしまう。気怠い体を無理やり動かして起き上がり、階段を降りた。

 家の中に懐かしくて美味そうな匂いが充満しており、ダイニングへ行くとテーブルに食事が用意されていた。手打ちうどんと白菜の糠漬けに卵焼き。おばあちゃんとお袋がよく作ってくれた、子供の頃から食べてたコシがない武蔵野うどんをすすり、幼稚園に持参してた弁当箱の中にいつも入ってた、溶いた卵に醤油を入れて焼いたしょっぱい卵焼きを頬張った途端、止め処なく涙が溢れ出し、何個もの水滴が頬を伝って丼に落ちていった。

 ――なんで俺は、こんなにも両親を悲しませるようなことをしてるんだ? なにやってるんだ俺は?

 袖口で涙を拭き、急いで食事を済ませると熱いお茶を一口飲み、自分の至らなかった点はどこなのか思考を巡らせた。バブル崩壊の煽りを受けて会社の業績は下がり、ボーナスも減っていたし、人員整理で社員のクビが切られ、仕事量は変わらないどころか増え続けている。毎日サービス残業が続き、家に帰っても疲れて会話も億劫になっていたが、なるべく理恵子と会話するようにしてたし休日はいつも一緒にいた。当然だが浮気もしてなかったしギャンブルに金をつぎ込むような生活でもない。

 ただ、彼女が行きたがる場所には連れて行ってやることができなかったことと、誕生日に理恵子が欲しがってたシャネルのバッグかプラダのバッグをプレゼントしてやれなかったのは、俺が勤めてる会社の経営状態の悪化と、理恵子本人がローンを組んで必要ない物を買ってたからだし、そのことで口論になり、何度か理恵子を傷付けるようなことを言ってしまった。もっとも親父とお袋は「嫁入り道具も持ってこないで結婚してから買うのか」と言って、ローンを組んでベッドやらクローゼットやら買う理恵子と、咎めもせずに一緒に買いに行ってた母親に憤慨していたが。

 過ぎたことを考えても仕方がないと思い、食器を片付けてリビングへ行くと、お袋に呼び止められた。

「布団は玄関に出しておいたわよ。ねえ、家に戻ってきたら?」

「俺の私物が散乱してるし、まず荷物を片付けて、それから理恵子とのことが全部終わったら戻ってくるよ。一人になったら、あそこに住み続ける理由はないからね」

「まず話し合ってみることだ。さっきも言ったように、離婚なんて簡単にするものじゃないんだぞ」

 テレビを見ていた親父も口を開き、理恵子と話し合いをするように言う。俺は「分かってる」とだけ言い、車に布団を積み込んでアパートへ戻っていった。

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