Pink Turn To Blue

2017年11月8日短編小説

 誰にだって思い出がある。楽しかった思い出に嬉しかった思い出、悲しい思い出。ほとんどの人にとって、人生に埋めてあるタイムカプセルには大切な宝物が入っているに違いない。

 でも、俺の人生に埋めてあるタイムカプセルにはガラクタしか入ってない、そう思っていた。

 三月の晴れた日曜日、妻からの頼まれ物を買いに午前中にスーパーへ出かけた。ついでに隣のホームセンターに立ち寄り、自分の買い物を済ませる。

 去年転勤になり二十年ぶりに実家に戻ると、築四十年の我が家は家中ガタがきていた。リフォームを考えているが、自分で直せる所は自分で直そうと休みの日はD.I.Y.しているのだ。今回は風呂のドアノブを交換するため、ホームセンターで部品を買った。五十歳になって日曜大工にハマるとは思ってなかったが、自分で家を修理するのがまた楽しい。

 そんな日だった。彼らに再会したのは。

「堀口君!?」

 買い物が終わり、スーパーの自動ドアを出たところで声を掛けられて振り返ると、目の前に立っているのは同世代の男女。

 その二人が誰か、すぐ分かった。高校の同級生、小田と宏美。

 俺と同じく年を取っていた二人の顔を交互に見ながら、あの時の事が鮮やかに甦ってきた……。

 それは高校一年生の冬、二月十五日の放課後の事。

 教室の清掃を終えた俺は、同じクラスの小田たちと一緒に帰るため、みんなで喋りながら廊下を歩いていたんだ。

「堀口君!」

 廊下を歩く俺の背後から、聞き覚えのある声で呼ばれたので振り返ると、俺たちの男子グループと仲の良い同じクラスの女子グループ全員が立っていた。

 優子、千穂、石井ちゃん、由香里、そして宏美。

 不思議に思い立ち止まると、うつむいたままの宏美が俺の前まで来て、モジモジしながら両手で青い物を差し出した。

「昨日渡そうと思ったんだけど、堀口君帰っちゃってたから……」

 優子も千穂も石井も由香里も、「きゃぁ~! きゃぁ~!」と黄色い歓声を上げている。その声を聞き、近くにいた生徒たちも集まってきた。

 マンガやドラマでしか見た事がない場面。人が集まってきて理解できた、バレンタインデーの告白シーン。心臓が高鳴り、唾を飲み込む半ば動転している俺。

 宏美の両手に乗っている、チョコレートが入ってるであろう青いハート型のケースを受け取ろうと伸ばした俺の両手が、途中で止まった。

 隣にいる小田が宏美を好きだと知っていたのだ。

(――ヤバい!)

 その事に気づいた時、俺の両手の前に別人の手が伸びてきて、宏美の両手に乗っている青いハートを掴んだ。

「止めて小田君!」

 腕の主は、小田。小田はそのまま廊下を走り、追いかける俺たちや宏美たちを振り切り階段を駆け上がって行く。

 追いかける俺たちが階段を駆け上がって屋上に出ると、小田は冷たい冬の風が吹きすさぶ屋上の真ん中に一人座り、青いハートを開けてチョコレートを全部口の中に入れていた。

 空を見つめ、涙を流しながらチョコレートを食べる小田に誰もが何も言えず、俺たちは互いに顔を見合わせながら無言で屋上から出て、会話もないまま帰宅する羽目に。

 翌日学校で、宏美にチョコレートを取られてしまった事を謝ろうと思ったが、泣きながらチョコレートを食べていた小田の顔が脳裏に浮かび、どうしても宏美に話しかける事ができない。宏美のバレンタインデーをブチ壊してしまったんだから、明日こそ謝ろうと思いながら一日二日と過ぎていき、とうとう「ごめんね」の一言が言えずに進級し、みんな別々のクラスになってしまった。

 結局あのバレンタインデーの事を謝れないまま卒業し、毎年バレンタインデーが来ると十六歳の二月十五日を思い出していたのだが、今、あの時俺にチョコレートを渡そうとした宏美と、俺からチョコレートを奪った小田が目の前にいる。

「久しぶりだな堀口ぃ」

 小田と宏美に誘われ、フードコートで話をする事に。

 高校卒業後、就職した二人は、二十四歳の時に偶然仕事で再会したらしい。久しぶりの再会で話が出たのは、あの日のバレンタインデー。

 仕事以外でも、食事をしたり買い物に行ったりするようになった二人は、宏美への恋心が消えてなかった小田が告白して付き合う事になり、そのまま結婚してしまったらしい。

 子育ても終わり二人の時間が増えたので、休日は一緒に過ごす事が多いとの事だった。今でもバレンタインデーには、食事に行ったり映画を見に行ったりして二人だけの時間を大切にしているらしい。

「あのバレンタインデーがあったから結婚したようなものだし、私たちのキューピッドは堀口君だよ」

 宏美の言葉に続けて小田が喋る。

「だから、うちのバレンタインデーは二月十四日じゃなくて十五日なんだ」

 照れながら喋る幸せそうな二人を見て、なんだか急に可笑しくなってきた。

 今まで『悪夢のバレンタインデー』だって思ってたけど、何の事はない、俺は二人の物語の間抜けな脇役に過ぎなかったんだ……。

 三人で一時間くらい思い出話をし、今度一緒に飲みに行く約束をして別れたが、別れ際に宏美が小田に内緒で話てくれた。

「毎年バレンタインデーには堀口君の話が出るんだけど、あの人、私が堀口君の話をすると今でも近くに来てギュッて抱きしめるのよ」

 ――オジサンがオバサンにする事かよ。

 宏美の話に少々呆れたが、家に向かって歩きながら空を見上げると、空は宏美のハート型のケースのような青い色で晴れ渡っている。ピンク色のモヤモヤした嫌な思い出が、この青い空のようにすっきり晴れた思い出に変わった気がして、俺はベン・E・キングの曲「スタンド・バイ・ミー」を口ずさみ始めたが、途中で止めた。

 そんな曲、いま俺が歌う曲じゃない。「僕の側にいて欲しいのは君なんだ」なんて歌詞の曲は、小田が宏美に歌ってやったほうがいい。

 だけど今、俺の気分は爽快だ。

 誰にだって思い出がある。楽しかった思い出に嬉しかった思い出、悲しい思い出。ほとんどの人にとって、人生に埋めてあるタイムカプセルには大切な宝物が入っているに違いない。

 でも、自分の人生に埋めてあるタイムカプセルにはガラクタしか入ってなと思っている人も、そっとタイムカプセルを開けてみてほしい。

 タイムカプセルの中は、きっとキラキラ輝く素敵な思い出に変わってるはずだから……。

≪了≫


2017年11月8日短編小説