第九話 That’s All 其の2

2017年11月8日Feel The Darkness

 だが、カダリカはベラマッチャの勝利宣言を嘲り笑った。

「クックック……このワシが兵隊を連れて来ただけと思うのか? 先生っ!」

 カダリカがステージの方を見ながら大声で呼ぶと、ステージ脇の洞窟から黒いマントを着た禿頭の中年男が、ゆっくりとした足取りで現れた!

「スヌーカーッ!」

 その男を見たベラマッチャは仰天して叫んだ。カダリカに『先生』と呼ばれた男は、ベラマッチャの村から追放された呪術師、スヌーカーだったのである!

「スヌーカーって、ベラマッチャの村を追放された呪術師じゃないのん?」

「まったく慌てさせやがるぜ! 出てきたのはインチキ呪術師かよ」

 カダリカの態度から、強力な仲間が出て来ると思ったヘンタイロスとポコリーノは、以前ベラマッチャから聞いた事のあるインチキ呪術師の登場に胸を撫で下ろした。

「スヌーカー……何故カダリカと……」

「クックック……久しぶりだなアンソニー」

 スヌーカーは薄ら笑いを浮かべながら、チラリとベラマッチャを見た。

 追放されたとはいえ、スヌーカーはジャヴァー族の出身である。

 ベラマッチャは、スヌーカーがカダリカの仲間として出現した事に動顛しながらも、紳士として毅然とした態度を保とうと平静を装った。

「君があの時見せてくれた大技は腹話術だと知っているぞ。君のインチキな呪術でどうやって僕等と戦うつもりかね?」

「ほざくなアンソニ~、今の俺は昔の俺ではないぞ~」

 カダリカはベラマッチャたちから目を離さず、少しづつ後退しながらステージに近づくとスヌーカーに目をやった。

「先生、この連中、殺っちゃってください」

 カダリカの言葉に、スヌーカーはステージ上でベラマッチャを見つめながら頷いた。

「アンソニー、なぜ俺がカダリカ殿と一緒にいるか知りたいか? クックック……冥土の土産に教えてやろう」

 スヌーカーは呆然とするベラマッチャに向かって話し始めた。

「貴様の姉アンジョリーに惚れていた俺は大王、即ち貴様の親父に、貴様の姉アンジョリーと所帯を持たせて欲しいと頼んだ。だが貴様の親父は、アンジョリーには惚れた男がおり、その男と所帯を持たせると言い俺の申し出を断った。失意の俺はアンジョリーが誰と所帯を持つのか、呪術で占ってみた。だが何度占っても結果は同じ、占いはアンジョリーの死を予言していた。驚いた俺は村の未来を占ってみた。するとどうだ、村に災厄が降りかかると出たではないか! 俺は慌てて大王の許へ行き、占いの結果を告げた。驚いた大王は長老たちを集めて会議を開いたが、普段から俺の事を認めていなかった長老たちは、俺の占いをインチキと決め付け、その場で俺に縄をかけた。翌日、俺が広場で石打の刑に遭い追放されたのは貴様も知ってのとおりだ」

 ベラマッチャは驚いた。スヌーカーが姉に惚れていたのは知っていたが、占いの件で長老会議にかけられた事までは知らなかったのだ。

 スヌーカーは一呼吸おくと再び喋り始めた。

「追放された俺は心の中で村の連中を呪いながら、キワイ山に向かった。村の連中に復讐するために呪術師としての腕を上げようと、山中を流離い、滝に打たれ、岩を殴り、薪を割って修行をした。ある時、洞窟で呪文が書かれている巻物を発見した俺は、早速その呪文を試してみる事にした。呪文は凄まじい威力を発揮し、自信を取り戻した俺は山道を抜けてポロスの街に出る事にした。ポロスに行く途中、カダリカ殿の手勢と出会い、争いになった俺は新しい呪文を使い、手下を葬り去った。それを見ていたカダリカ殿が俺を用心棒に雇ったのだ。大陸から来たカダリカ殿はイドラ島を征服するための手段として、キワイ大火山神に関心を持っていた。俺はカダリカ殿に『野獣の角笛』の話をし、ジャヴァー族を皆殺しにする条件で村へ案内したのだ」

「キミィ! それでは君が野蛮人共を村に招き入れたのかねっ! 何たる事だ! 村に災厄を降り撒いたのは君ではないかっ!」

 スヌーカーの話を聞いたベラマッチャは怒りで顔を紅潮させ、目を吊り上げて罵り、叫びながらスヌーカー目掛けて突進して行った。

「いかん! ベラマッチャ戻って来るんじゃ!」

 シャザーン卿が叫んだがベラマッチャの耳には届かない。

 スヌーカーは薄ら笑いを浮かべたまま人差し指を立てて両手を身体の前で組み、呪文を唱え始めた。

「クックック……ハン~ニャカルビッタッ!」

 突如として空中に火の玉が出現し、ベラマッチャの身体が炎に包まれた!

「うぎゃあぁぁぁっ!」

「貴様等! 余に続けいっ!」

 悲鳴をあげながら地面を転がるベラマッチャを呆然と見ていたポコリーノとヘンタイロスは、シャザーン卿の声で我に返り、ベラマッチャの許へ走って行った。

「オ~ッ……マミー……」

 額に巻き付けてあった位牌は焼け落ち、最早ベラマッチャは悲鳴をあげる事も出来ず、母を求めながら力なく地面を転がっている。

 その様子をステージ上から見ていたスヌーカーは、ベラマッチャを指差しながらカダリカと共に笑っていた。

「ギャハハッ! 燃え~!」

「燃え~!」

 シャザーン卿はベラマッチャの許へ駆けつけると、ズボンを脱ぎベラマッチャに小便をかけ始めた。

「消火するんじゃ! 早くせい!」

 シャザーン卿の後から駆けつけたポコリーノもズボンを脱ぎ、ベラマッチャに小便をかける。ヘンタイロスも大股を開いてベラマッチャに小便をかけ始めた。

 小便の力で炎は徐々に静まり、シャザーン卿とポコリーノはカッパ・マントを脱いでベラマッチャの身体に叩きつけ、残っている炎を消し止めた。

 炎が消えたのを見たヘンタイロスは、ベラマッチャの腕を掴んで引き摺り後ろの岩陰に隠れると、シャザーン卿とポコリーノを呼んだ。

「早く! こっちよん!」

 シャザーン卿とポコリーノもカッパ・マントを手に持ち、岩陰まで走って来た。

 三人の小便で炎は静まったが、ベラマッチャの身体は炎に焼かれ、かなりのダメージを負っている。三人は岩陰に隠れながら声も出せずに、ただベラマッチャを見下ろすしか出来なかった。

「クックック……何処に隠れようとも同じ事。俺の炎に焼かれて死んで行くのだ」

 ヘンタイロスが岩陰からステージを覗き見ると、スヌーカーは再び両手を組み呪文を唱えようとしている。

「ひえぇっ! 殺されるわん!」

 ヘンタイロスの叫びが洞窟に木霊し、スヌーカーの呪文が聞こえて来た!

 だがスヌーカーは途中で呪文を唱えるのを止め、怪訝そうな顔で洞窟の入り口に顔を向けた。

「足音? カダリカ殿、洞窟に入るなと兵隊どもに言ったか?」

「無論だ。キワイ大火山神の復活を邪魔立てされては困るからな」

 カダリカとスヌーカーは不思議そうに顔を見合わせた。

 岩陰に隠れた三人が耳を澄ますと、スヌーカーの言葉どおり足音が聞こえて来る。足音はカツン、コツンと規則的な音を響かせ、段々と大きくなってきた。

「だっ……誰だ?」

 カダリカの言葉に三人が入り口の方向を見上げると、そこにはギターを左手に持ち、サンドガサ・ハットにカッパ・マント姿の、渡世人風の男が立っていた。

 洞窟に現われた男は仁王立ちしたまま、突如として左手に持ったギターのヘッドを前に突き出し、スヌーカーに向けた。

「うっ!」

 男の全身から発散される異様な気迫にスヌーカーは圧倒され、ビクンと身体を震わせて後ずさりした。

(ちっ、違う……この気迫……この男、素人じゃないっ!)

 冷や汗を浮かべながら男を見つめるスヌーカーは、突然現れた男が只者ではない事を本能で感じ取った。

 ステージ下のカダリカも謎の男を見つめていたが、手勢が洞窟の入り口を固めている事を思い出した。

「どうやって入って来たんだ? 百人からの兵隊が洞窟を固めている筈……」

「ああ、あの連中ね……旅に出たぜ……」

「旅?」

「――あの世へよ」

「ばっ……馬鹿なっ! 百人からの兵隊が……たった一人に……」

 カダリカとスヌーカーは愕然とした! 男は一人でカダリカの兵隊を全員葬ったと言うのだ!

「きっ、貴様は一体……」

 カダリカが呆然とした表情で男に問い掛けると、男は右手で顎紐を解いてサンドガサ・ハットを掴み、ゆっくりと脱ぎ始めた。

「人は俺の事をよう……過激マンのパンチョスって呼んでるぜぇっ!」

 男はサンドガサ・ハットを投げ捨て姿を現した! なんと、その男はブックジョウの過激マン、カルロス・パンチョスだったのだ!

「うぅっ……パンチョス君……」

「あ……あの野郎……」

「きゃあんっ! 過激マンだわん!」

「クックック……来おったか……」

 ベラマッチャは地面に横たわりながらカルロス・パンチョスを見つめた。他の三人も声をあげ、カルロス・パンチョスを見つめている。

(そうかあ~っ、奴が……奴がぁ~っ)

 噂に聞く凄腕の賞金稼ぎ『カルロス・パンチョス』の登場に、スヌーカーはパンチョスを睨んだままステージ上で仁王立ちになり、これまで聞いてきたパンチョスの様々な逸話を思い返した。

「聴かせてやるぜぇ~、ロックンロールを~」

 パンチョスはギターを構えると弦を弾き始めた。

 パンチョスを見つめていたスヌーカーは我に返り、慌てて両手を組み直し呪文を唱えた。するとベラマッチャの時と同じく、パンチョスの目の前に突然炎が現れ、襲い掛かった!

「シャバダバダァッ♪」

 シャウト一発! 洞窟に凄まじいギターの轟音が響き渡ると、パンチョスに襲い掛かった炎は、まるで風に吹き飛ばされたかの様に一瞬にして消滅してしまったではないか!

「げぇっ!」

 炎を消されたスヌーカーは驚愕した!

 パンチョスはギターを弾きながら叫んだだけである。スヌーカーの魔術はギターの音だけで破られてしまったのだ!

 パンチョスのギターの音は、ブックジョウでベラマッチャたちが聴いた音とは明らかに違っている。ギターの音は更に激しく五月蝿くなり、音そのものに迫力がある。

「ばっ、馬鹿な……」

 パンチョスは呆然とするスヌーカーから視線を逸らさず、洞窟の底まで歩いて来るとベラマッチャたちを一瞥して微笑んだ。

(ベラマッチャさん、あんたの『ボンクラ魂』が俺のハートに火を点けた……俺の心で燃える炎は奴の魔術じゃ消せやしねえ……)

 パンチョスはそのまま洞窟の中央まで行き、ギターを構えて立ち止まった。

「あんたの周りで地獄の釜が蓋を開き始めたぜ……」

 パンチョスの言葉にスヌーカーは背筋に悪寒が走るのを感じ、再び両手を組んで呪文を唱え炎を出現させた。

「シャバダバダァッ♪」

 パンチョスも再びシャウトしギターを掻き鳴らした。今度は一度弦を弾いただけでなく、曲を弾きながら喚き散らす様な歌を歌っている。

 出現した炎は今度は消えず、まるで音楽に乗ってサーフィンをしているかの様に、凄い勢いでスヌーカー目掛けて突進して行った。

「うぎゃぁあっ!」

 炎に包まれたスヌーカーは音に弾き飛ばされ、後ろの岩肌に激突してステージ上に崩れ落ちた。

「くぅっ! 高い金で雇ったのに役立たずがっ!」

 カダリカはパンチョスをチラリと見てステージに駆け上がると、スヌーカーの元に走って行った。

「うぅっ……痛えぜ~っ、チクショウ……気が狂いそうだぜぇ~っ」

 炎に焼かれ黒コゲになったスヌーカーは、まだ生きていた。

 カダリカは懐から角笛を取り出すと、のたうち回るスヌーカーを睨みつけた。

「うぅっ……カダリカ殿、助けてくれ……」

「この役立たずの卑しい魔術師がっ! 貴様に幾ら金を使ったと思ってるっ! 毎晩抱かせてやった女の抱き心地はどうだったっ! それも貴様の様な下衆が見る事も叶わん金持ち女の抱き心地はっ!」

 カダリカはのた打ち回り助けを求めるスヌーカーを罵りながら、何度も足蹴にした。やがてスヌーカーは動かなくなり、カダリカはスヌーカーの傍から離れた。

「クックック……役立たずのお蔭で計算が狂ったが、こうなったら仕方あるまい!」

 カダリカは持っていた角笛を口に当てて一気に吹き鳴らした。角笛の音は洞窟に木霊し、音が止むと洞窟が揺れ始めた。

「ぎゃっ!」

 揺れの激しさでカダリカは転び、水晶球をステージの下に落としてしまった。水晶球にはヒビが入り、振動に合わせてコロコロ転がっている。

 パンチョスはギターを背負うと、慌ててベラマッチャたちのいる岩陰まで走った。

「ヤバイぜ!」

「むぅっ! 揺れが治まったら脱出じゃ!」

 ヘンタイロスはベラマッチャを抱きかかえ、岩陰から水晶球を見た。水晶球には雲の様な黒い影が浮かび上がり、段々と大きくなっている。

「ちょっとん! あれ見てよん!」

 ヘンタイロスは水晶球に起こっている変化に驚き、ベラマッチャから手を離して水晶球を指差した。シャザーン卿もポコリーノもパンチョスも、何が起こるのか判らず不安そうな表情で水晶球を見つめた。

 ヘンタイロスが突然手を離したため、地面に後頭部を打ち付けてしまったベラマッチャも、意識を取り戻して水晶球を見つめている。

 黒い影が水晶球全体を覆ったその時、予想だにしなかった事態が起こった。

 キワイ火山爆発!

 突然大音響が響き渡り、洞窟の揺れは更に酷くなった。天井や岩肌からの落石も酷くなっている。

 影は水晶球から空中に向かって広がり始め、洞窟の天井に届くほどになると次第に人間の様な形になってきた。

「うぅっ……キワイ大火山神……」

「なんだとっ! あれがキワイ大火山神か!」

 ベラマッチャはキワイ大火山神が復活しようとしているのを目の当りにし、ポコリーノの助けを借りて起き上がった。

「オォ……キワイ大火山神よ……」

 ベラマッチャは復活しかけているキワイ大火山神を見上げ、次にカダリカを見た。

 揺れのため立ち上がれないカダリカは、呆然とキワイ大火山神を見上げている。

 キワイ大火山神は黒い煙から段々と赤い煙に変わり、人間の肌に似た質感になっていくと遂に復活した姿を現した!

 それは神とは程遠い鬼の様な姿で、地獄の炎に焼かれたかの様な真っ赤なゴツゴツした身体をしており、口に葉の生い茂る枝を咥えている。

 キワイ大火山神は手に持った金属の棒を何度か左右に振ると、足元に座っているカダリカを見た。

「ハッハッハッ! 復活したぞ! これでワシはイドラ島の王だ! 行け! まずはそこに隠れている連中を殺すんだ!」

 カダリカは頼もしそうにキワイ大火山神を見上げ、もう一度角笛を吹き鳴らした。

 だが、キワイ大火山神はベラマッチャたちの所へは向かわず、その場に立っているだけである。

「笛吹けど踊らずじゃ!」

 シャザーン卿は動かないキワイ大火山神を見上げて叫び、ポコリーノとパンチョスはベラマッチャをヘンタイロスに騎乗させた。

「逃げるのは今だぜ!」

 パンチョスを先頭に、一斉に洞窟の出口を目指して走り始めた。

 広間の様な洞窟の底から坂を駆け上がった所で更に揺れが酷くなり、一行はその場から進む事が出来なくなってしまった。

 全員が身体を揺られながらキワイ大火山神に目を遣ると、キワイ大火山神は足元に座っているカダリカを見下ろして大きく脚を上げた。

「ワ……ワシはお前の主だぞ!」

 カダリカは目を剥いてキワイ大火山神に叫んだ。だがカダリカの叫びも虚しく、キワイ大火山神はカダリカの上に脚を下ろした。

「ぎゃあぁぁぁぁあっ!」

 洞窟に絶叫が木霊すると同時に、洞窟の底から溶岩が吹き上げ、キワイ大火山神を飲み込んだ。キワイ大火山神は雄叫びを上げながら溶岩の中に沈んで行き、溶岩は見る間に広間を埋め始めた。

「死んだ気で走るんだ!」

 ポコリーノの声に一同は我に返り、揺れる洞窟の中を走り続けた。

 何度も転びながら、やっとの思いで洞窟の外に逃げると、洞窟の周囲には夥しい数のカダリカの手下の死体が転がっている。キワイ山から降って来る火山弾を避けながら、幾つもの死体を踏み越えてウツロの森の奥深くまで一気に走った。

「みんな! こっちよん!」

 ヘンタイロスの案内で、以前ヘンタイロスが暮らしていた洞窟まで走って行き、洞窟の中へ入った。

 走り続けて息も絶え絶えの五人は荷物から水筒を取り出すと、水筒の水を回し飲みしながら、この洞窟でキワイ火山の噴火を遣り過ごそうと相談した。

 五人は極度の緊張と恐怖の中、キワイ山の噴火音と地震に怯えながら眠れない夜を過ごした。

 明け方近くになるとキワイ山の噴火は静まりはじめ、地震も少なくなってきた。

 揺れが少なくなったのに安心した五人は、疲労と緊張のために何時の間にか深い眠りに落ちて行った。

 水滴の音と蝙蝠の羽ばたきが聞こえてくると共に、少しジメジメした感覚が伝わってくる。ベラマッチャは薄っすらと目を開け周りを見たが、薄暗くて何も見えない。

「うぅっ、キワイ山の噴火は……」

 ベラマッチャは痛みを堪えて上半身を起こした。薄暗い中、周りを見回すとヘンタイロスの声が洞窟に響き渡った。

「あらん、目が覚めたのねん。ダメよん、まだ動いちゃ」

 ヘンタイロスはベラマッチャの傍に来ると、バッグに詰めた草をベラマッチャの身体に付け始めた。

「キワイ山はもう静まってるわん。この草は火傷に効くのよん。ワタシがお料理で火傷した時に使ってた草なんだからん」

 ベラマッチャは噴火が静まった事を知って再び横たわり、ヘンタイロスに草を貼って貰いながら、スヌーカーの事を考えていた。

(スヌーカーは村の人たちを恨んだまま死んでしまった。スヌーカーは占いで村の危機を伝えたのに、長老たちは普段から好かないというだけで、占いをインチキと決め付けて追放してしまった。考えてみれば僕等も村の掟というだけで、別に嫌いでもなかったスヌーカーに面白半分で石を投げ付け、去って行くスヌーカーを皆で笑った。村に降り掛かった災いは僕等自身が招いたのだ……)

 ベラマッチャは、父が生前「根付かない草から花は咲かない」と言っていたのを思い出し、スヌーカーの死に己の姿を重ね合わせた。

 村から追放され、カダリカと共にイドラ島中を荒らし回ったスヌーカーは惨めな死を遂げた。そして、『野獣の角笛』がキワイ大火山神と共に溶岩に飲み込まれてしまった今、ベラマッチャも一族再興の希望を絶たれ、自分は何処かに根付く場所があるのだろうかと思いを巡らせていた。

「さあ、終わったわよん。皆を起こさなくっちゃん」

 ヘンタイロスの声に我に返ったベラマッチャは横を向き涙を流した。紳士としてカダリカに復讐する事には成功したが、その結果全てを失ってしまったのである。

 考えれば考えるほど絶望してしまうベラマッチャは考える事を止めて起き上がり、ヘンタイロスに声を掛けた。

「ヘンタイロス君、何か手伝う事はないかね?」

「なに言ってるのよん。怪我人は寝ててよん」

 ヘンタイロスはスープを作りながらウインクした。

 ベラマッチャはヘンタイロスの傍に膝を抱えて座り、無言で炎を見つめながら皆が起きて来るのを待った。

「いい匂いがするぜ」

「腹ペコで死にそうだ。ヘンタイロス、メシはまだか?」

 やがて寝ていた三人が起きてベラマッチャの周りに集まって来た。ヘンタイロスは料理を作り終わると皿に盛り付け皆に配り、遅い朝食を食べ始めた。

 ポコリーノは食べながらチラリとパンチョスを見ると、楽しそうに話し掛けた。

「ヘッヘッヘ……この次はブチのめしてやるぜ」

「ケッ! それは俺の台詞だぜ!」

 パンチョスも楽しそうにポコリーノに応じると、疲れきった五人は食事をしながら楽しく会話を始めた。

「洞窟でパンチョスを見た時は信じられなかったわん」

「むぅ、僕もだ、ヘンタイロス君。パンチョス君、何故僕等がキワイ山の洞窟にいるのが分かったのかね?」

「そうだぜ! 俺は敵が増えたと思って死を覚悟したんだ。スヌーカーの炎にかれて死ぬか、大勢に斬り殺されるかってな」

 パンチョスはスープを一口食べると、皆の問いに答えた。

「フッフッフ……俺がベラマッチャさんに加勢しようと思ったのは、ブックジョウの港でベラマッチャさんに出会った時、カダリカ一味を四人で殺るって言った、その土性骨が気に入ったからよ。パワーコード・ジョニーの元で修行を積み、ロックンロールの本質を掴んだ俺は、ブックジョウに戻った時に、あんたたちがカダリカを追ってキワイ山に向かったって聞いたから追いかけて来たのさ」

 ベラマッチャがスープを食べながらパンチョスの話を聞いていると、再びポコリーノが喋り始めた。

「でも何で復活したキワイ大火山神は、カダリカの笛の音に反応しなかったんだ?」

「ポコリーノ君、キワイ大火山神は完全に復活しなかったのだよ。水晶球が割れていたろう? あのヒビからキワイ大火山神の精気が少し逃げてしまったのだ」

「それにしてもキワイ山が爆発するとはな」

「ベラマッチャの頭を見よ。まだ爆発しとるではないか」

 シャザーン卿の言葉にドッと笑いが起こった。確かにベラマッチャのアフロヘアは、炎に焼かれて爆発した様になっている。

「フッフッフ……過激だぜ、ベラマッチャさん」

「ウフフ……過激マンの恋人ってイイかもねん?」

 ヘンタイロスはスープを食べ終わり皿を置くと、ベラマッチャの肩に寄り掛かった。

「下僕共の分際で何が恋人じゃ! 気合を入れてやるわい!」

 シャザーン卿はニヤリと笑い、鞭でヘンタイロスを打ち始めた。

「アッ……ウゥッ……」

 ヘンタイロスは恍惚とした表情を浮かべてベラマッチャから離れると、鞭打たれながら洞窟の壁まで歩かされ、壁に手を付き尻を突き出した。

 シャザーン卿はヘンタイロスの傍に行き鞭を振るうと、洞窟は鞭の音とヘンタイロスの喘ぎ声で埋め尽くされた。

「まったく好きモノだぜ、あの二人は」

 ポコリーノがシャザーン卿とヘンタイロスを眺めながら呆れて呟くと、パンチョスは苦笑しながらギターを取り出し弾き始めた。

「一曲いくかい?」

「むぅ、頼むよパンチョス君」

「フッフッフ……」

 鞭の音と喘ぎ声を掻き消すギターの音が洞窟に響き渡ると、パンチョスは即興の曲に合わせて歌い始めた。

『赤い靴~♪ 履いてた~♪ オカマの子~♪ シャザーン卿に叩かれてイッちゃった~♪』

 パンチョスの歌が始まるとシャザーン卿は鞭を振るうのを止め、ヘンタイロスと二人でベラマッチャたちの所へ戻り歌に聞き入った。

 パンチョスの歌が終わるとベラマッチャたちはザーメインの元へ向かうべく荷造りし、洞窟を後にしてポロスの街へ向けて出発した。

 ヘンタイロスの案内でウツロの森を抜け、ポロスの街へ入った。ベラマッチャはヘンタイロスの背に揺られながら、ポコリーノを先頭にザーメインの家に向かう。

「ポコリーノだ!」

「木製番長が帰って来たぞ!」

 ポロスの街の人々は、降り積もった火山灰や火山弾を片付けながら、久しぶりに見るポコリーノに声を掛けてくる。

 ポコリーノは渋い表情のまま街の人たちを無視し、ザーメインの家に向かって行った。

「ザーメイン! 帰って来たぜ!」

「おぉ~貴公等……」

 ポコリーノが扉を開けザーメインに声を掛けると、ザーメインは座っていた椅子から立ち上がり、ベラマッチャたちを迎え入れた。

 ザーメインは葉っぱだらけのベラマッチャをヘンタイロスの背から降ろすと、奥から椅子を出して来て五人に座るよう勧めた。

 五人はサンドガサ・ハットとカッパ・マントを脱ぐと、椅子に腰を下ろした。

「貴公等、無事に帰って来たと言う事はカダリカ一味を討ち果たしたのじゃな!」

「無論だザーメイン。スヌーカーという僕の村から追放された呪術師の手により、絶体絶命の危機に陥ったが、彼が現れ僕等を救ってくれた。紹介しようザーメイン、カルロス・パンチョス君だ」

「カルロス・パンチョス……巷で噂の賞金稼ぎじゃの」

「なあに、まだまだケツの青いヒヨッコさ」

 パンチョスはザーメインを見てウインクした。

 ザーメインは再びベラマッチャの方を向くと、火傷の具合を診始めた。

「大した事はない。これなら出掛けられるの」

「出掛ける? 何処へ行くのかね?」

「貴公等はイドラ島を荒らし回った悪党を退治したのじゃ。王に拝謁して報告せねばなるまい」

 五人は仰天した! ザーメインはイドラ島を治める王に会いに行くと言うのだ!

「シャザーン卿、盗んだ物を返すとしよう」

 ザーメインは机の引き出しから小箱を取り出すと、中に入っていた紫色の腹巻をシャザーン卿に手渡した。

 シャザーン卿はニヤリと笑って腹巻を着ると狂喜しながら叫んだ。

「これで余は全ての物を盗む事ができる!」

 シャザーン卿が両手を握り力を込めると、突然、服だけ残しシャザーン卿の身体と腹巻が消えた!

「うわっはっは! 余は復活した!」

 服だけが動き回り、シャザーン卿の声が室内に響き渡る。ベラマッチャたちは驚き、服だけになったシャザーン卿を見ていた。

「シャザーン卿、もうよかろう。ベラマッチャよ、王は貴公にキワイ大草原に替わる城と領地を与えてくれるじゃろう」

 ザーメインの言葉に、ベラマッチャは腕を組み暫く考え込んだ。シャザーン卿も、ヘンタイロスも、ポコリーノも、パンチョスも無言でベラマッチャを見つめている。

「キミィ、僕は風の吹き抜ける草原で育ったのだ。そんな石で囲まれた建物の中で一生を送るのは考えられんよ」

 ベラマッチャの言葉に、全員が頷いた。ザーメインもベラマッチャを見ながらニコニコして頷いている。

「よく言ったベラマッチャよ。さあ、貴公等には新たな冒険が待っているぞ」

 ザーメインが開け放った扉を潜り、ベラマッチャたちはサンドガサ・ハットとカッパマント姿でポロスの街を後にした。

 空を漂う雲に行き先を尋ねる渡世の旅に出たベラマッチャには、初秋の風に吹かれて揺れる草花の音が、この大地が歌う物悲しいブルースの様に思われた。


2017年11月8日Feel The Darkness