第六話 変態観測 其の1

2017年11月8日Feel The Darkness

 金属の擦れる音と共にコツコツという足音が聞こえ、ベラマッチャは眼を覚ました。

 上半身を起こすと鉄格子の向こうに看守が立っており、美味そうな匂いも漂ってくる。

「おはようございます、使者殿。朝食を持って参りました」

 看守は鉄格子を開け、湯気の立つスープをベラマッチャの前に置いた。

「朝はスープだけかね?」

 ベラマッチャの問いに看守は申し訳なさそうな顔をして答えた。

「朝はスープだけです。夕食にはパンが付きますが……それと、地下牢獄に入っている者には強制労働が無いので、昼飯はありません」

 看守の昼飯は無い、との答えにベラマッチャは急激に空腹を感じ、看守に了解した旨を伝え、食事を始めた。

 ポコリーノもやっと眼を覚まし、ベラマッチャの横に来て食事を始める。

 看守は鉄格子に鍵を掛け、隣の牢獄へスープを運んでいった。隣の牢獄から聞こえていた豪快な鼾が止み、看守の声が聞こえて来る。

「おはようございます、使者殿。食事を持って参りました」

「まあ、ありがとう」

「使者殿、何故パンツを被っておられるのですか?」

「ウフフ……アンタ、お洒落に気を使う事が無いのん? 頭に何か被らないと、ヘアーが乱れるじゃないのん」

 ヘンタイロスと看守の会話が聞こえ、暫くすると看守が呆れ顔でベラマッチャ達の牢獄の前を通り、松明を新しい物に取り替えて出て行った。

 ベラマッチャとポコリーノはそんな看守の態度を気にする事も無く、会話しながら食事を続けた。

 ベラマッチャは食事をしながら、ポコリーノの顔が昨日までと違う事に気付いた。

「ポコリーノ君、君の顔に木の芽が沢山生えているのだが?」

 ベラマッチャに指摘されたポコリーノは、顎を摩りながら答えた。

「ああ、髭が生えてきてるんだ。普段なら春先にしか生えないんだが」

 ポコリーノの話を聞いたベラマッチャは、昨夜便槽へ落下した事を思い出してニヤリとした。

「ポコリーノ君、君の身体には肥やしが効いた様だな」

 ポコリーノは両手を広げて肩を竦め、ポケットからナイフを取り出すと木の芽を剃り始めた。

 ベラマッチャは人間の様に髭すら生えて来るポコリーノの身体に感心し、改めてザーメインの魔術の凄まじさに驚嘆した。

 髭を剃り終わったポコリーノは、ベラマッチャに今後の相談を始めた。

「おいベラマッチャ、とうとうここまで来ちまったなぁ。後はシャザーン卿の封印を解くだけだが、いったいどこに封印されてるんだ? 閉じ込められちまったら、探す事ができねえぜ?」

「ポコリーノ君、看守は夕食を持って来ると言っていた。おそらく地下独房を巡回はせんだろうから、夕食を済ましてから封印物の探索に乗り出そうではないか。幸い、所長から鍵も貰っている」

「それがベターだろうな。おい! ヘンタイロス! 看守が夕食を持って来てから探索するぞ!」

「分かったわん!」

 三人は鉄格子に張り付き、牢獄の中での持て余した暇をシャザーン卿の探索と、どんな物体に封印されているのかの推理話をしながら乗り切った。

 やがて看守が地下牢獄に現われ、朝と同じように食事を置き、新しい松明に取り替えて地下牢獄から出て行った。

 三人は食事を終えると牢獄の中を見回し、シャザーン卿が封印されていると思われる物体を探し始めた。

「ベラマッチャ、俺達の入っている牢獄にはシャザーン卿が封印されてそうな物は無さそうだぜ?」

「むぅ、ポコリーノ君、この狭い部屋の中だ。ここからでも、部屋の中がほぼ全て見渡せるが、確かに封印されている様な物体は無いな」

 ポコリーノは向かいの牢獄を見たが、ベラマッチャの言うとおり、封印されている様な物体は見当たらない。

 ベラマッチャは、牢獄の中で目に付く物が無いか、隣の牢にいるヘンタイロスに聞いてみた。

「ヘンタイロス君、牢獄の中に何かあるかね?」

「壷があるだけよん。ひょっとして、これに封印されてるのかしらん?」

 隣の牢獄から聞こえて来たヘンタイロスの声に、ベラマッチャは興奮して叫んだ。

「それだっ! ヘンタイロス君、どんな形かねっ!」

「横に長い楕円形で、上に取っ手が付いてわん。口は短くて斜め上を向いてる、不思議な形の壷ねん。かなり汚いわよん」

「その壷をこちらに貸したまえ!」

 ヘンタイロスは壷を取り、ベラマッチャに渡すため鉄格子の間を通そうとしたが、口の部分しか通らない。

「ダメだわん。鉄格子に引っ掛かっちゃうわん」

「ベラマッチャ、牢の鍵を出せ。ヘンタイロスの所へ行こう」

「ヘンタイロス君、今そちらへ行くから待っていてくれたまえ!」

 ベラマッチャは壷が壊れる事を恐れた。

 所長から手渡された鍵を使い、ヘンタイロスの居る牢獄へ行こうと鍵を取り出した。

 鉄格子の間から手を出し、鍵穴に入れて回してみるが鍵は開かない。 

 ベラマッチャとポコリーノがあれこれと試している間、ヘンタイロスは手に持った壷を眺めてみた。見れば見る程、変わった形の壷である。

「ウフフン。この壷を擦りながら呪文を唱えるのかしらん」

 ヘンタイロスは壷の口を握り、上下に擦ってみた。埃が落ち、壷の口付近がピカピカになる。

「あらん、テカテカしてきたわん。なんだかイヤらしい感じだわん」

 ヘンタイロスは段々と官能的な気分になり、壷を下に置き座りこんだ。

 片手で壷の口を擦り、片手で自身の一物を弄ると一物は次第に硬度を増していき、ヘンタイロスの意識は両手の動きに集中していく。

 最早ヘンタイロスの耳に、ベラマッチャとポコリーノの声は届かなくなっていた。

「あふぅ。これで呪文を唱えたらどうなるのかしらん? ワタシにこんな事させるなんて、魔術師ってイヤらしい人種だわん。ウフフ、スレーコ、スレーコ……」

 ヘンタイロスは尚も壷と自身の一物を擦り続け、呪文を唱え始めた。呪文の効果か、勝手な妄想の効果なのかは分からないが、ヘンタイロスの精神は官能の世界に埋没し、周りの事どうでも良くなってしまっている。

 ベラマッチャは何度も鍵を回してみたが、どうしても鉄格子は開かない。

「むぅ、この鍵は鉄の扉の鍵のようだな」

「てえ事は、ヘンタイロスが持っている鍵が鉄格子の鍵か」

「そうらしいな。ヘンタイロス君に、こちらへ来て貰おう」

「おい、ヘンタイロス! お前の持ってる鍵が鉄格子の鍵だ! そこを出て、こっちへ来てくれ!」

 だがその声はヘンタイロスには届かなかった。今、ヘンタイロスは絶頂へのラストスパートに入っているのである!

「あっ、あぁ……」

 何度呼んでもヘンタイロスから返事は無く、替わりに荒い息遣いと喘ぎ声が聞こえて来る。

「ヘンタイロス君! どうかしたのかねっ!」

「おい! ヘンタイロス!」

 ベラマッチャとポコリーノは、ヘンタイロスの様子がおかしい事に気付き、何度も呼び掛けたが、隣の牢獄から聞こえて来るのは喘ぎ声だけである。

 ヘンタイロスの喘ぎ声は段々と大きくなり、とうとう叫び声が聞こえて来た。

「あぅっ! うおぉぅっ!」

「ヘンタイロス君! 今の叫び声は何かねっ!」

「ヘンタイロス! どうしたんだっ!」

 ヘンタイロスの異変を心配したベラマッチャとポコリーノが呼び掛けた時であった。

「アパラパアァッ!」

 突然、ヘンタイロスの居る牢獄から、聞いたことのない声が響き渡った!

「ヒィエェェェッ!」

「ヘンタイロス君! どうしたのかね!」

 ヘンタイロスの悲鳴に、ベラマッチャとポコリーノは顔を見合わせた。

「ヒイィ……なっ、何なのよん、アンタ……」

「クックックッ……」

 突如、ヘンタイロスの牢獄から、男の不敵な笑い声とともに、鞭が唸る音が響き渡った!

「痛いんっ! 何するのんっ!」

 ヘンタイロスの牢獄には確かに誰か居る! ベラマッチャとポコリーノは、悲鳴と鞭の唸る音を聞き、ヘンタイロスが何者かと対峙している事を確信した。

「ヘンタイロス君! そこに誰か居るのかねっ!」

「おい! ヘンタイロス! 返事をしろっ!」

 だが聞こえて来るのは、鞭の唸る音とヘンタイロスの悲鳴だけである。

 ビシィッ! ビシィッ! という、聞くだけで痛くなるような音と共に、ヘンタイロスが悲鳴が間断なく聞こえて来る。

「ギャアァッ! ヒィッ!」

 鞭の音がするたびに、鉄格子から飛び出してくるヘンタイロスの手が、何度も虚空を掴んでは下に落ちる。

「ギャッ! ギッヒィィッ!」

「ベラマッチャ! ヘンタイロスが危ねえぜっ!」

 ポコリーノは鉄格子をガタガタ揺らしながら、ベラマッチャに向かって叫んだ。

 二人して鉄格子に体当たりし、脱出を試みたが鉄格子はビクともせず、その間もヘンタイロスの悲鳴は止まない。

「ヒィッ! アッ……!? アアァッ!」

 ベラマッチャは、ヘンタイロスの声が変化してきているのに気付いた。先程までは絶叫だったが、今では叫び声よりも喘ぎ声が多くなっている。

 ベラマッチャ達の牢獄からは、飛び出て来るヘンタイロスの腕しか見えないのである。ヘンタイロスは何者かに攻撃され、死の淵を彷徨っているのでは? という不安が頭を過ぎる。

「ギャアッ! ヒィッ……ウッ……アァ……」

 悲鳴は確実に喘ぎ声に変わっている。ヘンタイロスの命の灯火はあと僅かとしか思えない。

「アッ……アァ……」

 二人は鉄格子に体当たりするのを止め、ヘンタイロスを攻撃している何者かに向かって叫んだ。

「ヘイッ! ユー! ちょっと待ってくれ!」

「キミィッ! ヘンタイロス君に何か恨みでもあるのかねっ!」

 だが鞭の乱れ飛ぶ音とヘンタイロスの喘ぎ声は変わらない。

 そのうちにヘンタイロスの喘ぎ声が段々と大きくなり、遂に異常な叫び声をあげた。

「くうぅ……だめぇぇぇ……ひぃぃぃぃぃ……」

 聞いた事の無い大絶叫と共に鞭が乱れ飛ぶ音も止み、ヘンタイロスの声も途絶えた。

「ヘンタイロス君! どうしたのかねっ! しっかりしたまえっ!」

「ノオォッ! ヘンタイロスッ! 死ぬんじゃねえっ!」

 ベラマッチャとポコリーノは鉄格子にしがみ付き、隣の牢獄に居るヘンタイロスの様子を窺った。何かヒソヒソと話し声が聞こえ、時折小さな笑い声すら漏れて来る。暫く会話らしき声が聞こえた後、ガチャガチャという音に次ぎ鉄格子が開く音が聞こえ、何者かがベラマッチャとポコリーノの牢獄の前に立ちはだかった!

「うっ……うおおっ……」

 ベラマッチャとポコリーノは衝撃を受けた! 鉄格子の向こう側に立っているヘンタイロスの背には、見た事の無い男が乗っているのである!

 男は丁髷を立たせ、顎鬚と鼻の下にピンと立たせた髭を生やし、両耳には輪のピアスを付けており、白いチョッキとダボダボの白いズボンを身に付け、先の尖った靴を履いて手綱を握りヘンタイロスの背に跨っている。

 ヘンタイロスは黒い皮製のブラジャーを胸に付けており、手綱の先がブラジャーの紐に繋がっている。

 ベラマッチャとポコリーノは、その瞬間、悟った!

 ヘンタイロスが攻撃されていると思い必死に呼びかけていたが、それは生死の問題ではなく極めてプライベートな、個人的趣味の問題だったのだ!

 二人は知らず知らずのうちに、変態観測を行っていたのである!

 唖然と立ち尽くすベラマッチャとポコリーノに向かい、男は言い放った。

「余の新しい下僕共は貴様等か?」

 男の言葉と態度には逆らい難い威厳が漂っており、ベラマッチャは頷きそうになるのを堪え必死に否定した。

「僕等は下僕ではない。ヘンタイロス君、彼はいったい何者かね?」

「ウフフ……この人ったら凄いのよん。ワタシ、あんなの初めてだったわん」

 ヘンタイロスが潤んだ眼で、背に乗った男を振り返るのを見て、ポコリーノが少しイラついた様な口調で言葉を発した。

「おいヘンタイロス。何が凄えのか知らねえが、そいつは一体、誰なんだ?」

 ヘンタイロスは再び潤んだ眼で背に乗った男を見てから、話し始めた。

「それが変な形の壷を擦ってたら、突然白い煙と一緒にこの人が出てきたのよん。その後の、あのプレイの凄さって言ったら……そうそう、まだアンタの名前を聞いてなかったわねん? ウフフ……」

 ヘンタイロスが再び背に乗った男を見ると、男はニヤリと笑った。

「余を何者と抜かしよるのか? 耳の穴カッポじってよおく聞けいっ! 余はこの世の全てを盗む男、シャザーン卿なりいっ!」

 三人は仰天した! ヘンタイロスの背に乗っている男はシャザーン卿と名乗ったのである!

「シャザーン卿! 君がその人なのかねっ!」

 ベラマッチャとポコリーノは困惑した。シャザーン卿の封印を解く為の血と魂の用意もまだしておらず、呪文も唱えていないのである。この人物は本当にシャザーン卿なのであろうか?

 ベラマッチャは不思議に思い、男に訊ねてみた。

「キミィ、もし君がシャザーン卿だとしたら魔術によって封印されとる筈だが、僕等は呪文も唱えとらんし血と魂も捧げとらん。一体どうなっとるのかね?」

 ベラマッチャの問いに、男は薄ら笑いを浮かべて答えた。

「クックックッ……血と魂だと? 余の力を持ってすれば、あんな魔術なんぞ、ちょっとした切っ掛けさえあれば解くことが出来るわ。この者が壷を擦りながら呪文を唱え、壷の中に精を迸らせたのがその切っ掛けよ」

「呪文? 壷の中に精を迸らせた? ヘンタイロス君、一体どうなっとるのかね?」

 ベラマッチャは男からヘンタイロスに視線を移し、どういう事か訊ねた。だがヘンタイロスは赤い顔をしてベラマッチャの顔をまともに見ず、返事もしどろもどろだ。

 ベラマッチャとポコリーノの催促に、ヘンタイロスはやっと話し始めた。

「なんとなく壷を擦ってたら、テカテカしてきたのん。それを見たらちょっとエッチな気分になっちゃって、ザーメインに教わった呪文を唱えながら、ワタシの竿も擦り始めたのよん。それで最後の時に、床に撒き散らしたら看守にバレると思って、壷の中に発射したのん。そうしたら白い煙と共に、この人が壷の中から現われて、あの物凄いプレイをされたって訳なのよん」

 ヘンタイロスの話を聞いたベラマッチャは唖然とした。

 やはりヘンタイロスの叫び声は変態行為に基づいていたのである。隣に立っているポコリーノも口を大きく開け、呆れた顔でヘンタイロスを見ている。

 ベラマッチャは気を取り直し、男に向かい話かけた。

「シャザーン卿、君の事はポロスの魔術師、ザーメインから聞いた。僕等は君を脱獄させ、協力してもらう為に来たのだ。ザーメインも君なら協力してくれると言っていた」

 ベラマッチャの話を聞いたシャザーン卿は薄ら笑いを止め、真剣な顔になった。やはりシャザーン卿はザーメインを知っているらしい。

「ザーメイン……あの老魔術師から言伝を頼まれなかったか?」

「盗んだ物はザーメインが預かっている、と伝えるよう頼まれている」

 ベラマッチャがザーメインの言伝を伝えると、再びシャザーン卿はニヤリとし、満足げに頷いた。

「余ならば協力すると言いおったか。して、貴様等は何をする気だ?」

 ベラマッチャはこれまでの経緯をシャザーン卿に説明し始めた。カダリカ一味に村人を皆殺しにされた事、復讐するために旅に出た事など、サンダーランド強制収容所に来るまでの事を全て話した。

 顎鬚を撫で回しながら話を聞いていたシャザーン卿は、大きく頷いた。

「分かった。余が復活した最初の仕事に、カダリカ一味とやらを潰すという事じゃな。ザーメインは貴様等を余に仕えさせるため、此処に派遣した。先ずは一番目障りな連中を消すが上策という事じゃな」

 どうやらシャザーン卿という男は、ベラマッチャが考えていた様な紳士ではなく、自分の事しか考えていない男のようだ。

 ベラマッチャは少々失望し、横に居るポコリーノを見た。ポコリーノはシャザーン卿の身勝手な物言いに、気分を害している様だったが、とうとうシャザーン卿に対し怒りをブチまけた。

「ケッ! 何を勝手な事ばかり言ってやがるっ! 壷から出られたのはヘンタイロスのお蔭じゃねえか! 少しは感謝したらどうなんでぇっ!」

「この木人め。下僕の分際で偉そうな事を言いよるわ」

「こっ、この野郎っ! ふざけやがってぇっ! もう我慢できねぇっ!」

 シャザーン卿のフフンと鼻で笑う様な物言いにポコリーノは完全に怒り、シャザーン卿に殴りかかった。

「げぇっ!」

 ポコリーノの拳がシャザーン卿の腹を抉る寸前、シャザーン卿の右足がカウンターでポコリーノの顔面にめり込み、ポコリーノは後方に吹っ飛び仰向けに倒れた。

「こっ、この野郎~」

 ポコリーノはゆっくりと上半身を起こし、シャザーン卿を睨みつけた。

 後方に吹っ飛んだポコリーノを、スローモーションでも見る様に、ぼんやりと見ていたベラマッチャはハッとし、慌てて二人の間に入りポコリーノとシャザーン卿をなだめた。

「止めたまえ。ポコリーノ君、それにシャザーン卿。内輪揉めをしている時ではない。早く収容所から脱獄しようではないか」

 ベラマッチャの言葉に、ヘンタイロスも口を挟んだ。

「そうよん。囚人が一人増えてるんだから、今のうちに脱獄しないと大騒ぎになるわよん。まったく、ポコリーノは喧嘩っ早いんだからん。それとも、ワタシを寝取られた事に嫉妬してるのかしらん? ウフフ……」

 ヘンタイロスの言葉に呆気に取られたポコリーノは、ウンザリした顔をして立ち上がった。

「ケッ! なぁにが嫉妬だ。お前みたいなオカマに惚れる訳ねえだろ? そいつとイチャついてろよ」

「ウフフ……ポコリーノったら、素直じゃないんだからん」

「ばっ……馬鹿じゃねえのか」

 ヘンタイロスの言葉に、ポコリーノは心底嫌そうな顔をして横を向いた。

「ポコリーノ君、ヘンタイロス君、それにシャザーン卿。さあ、脱獄を決行しようではないか」

 ベラマッチャは三人の顔を見回して脱獄を促し、四人は早速地下牢獄の外に出る事にした。

 鉄の扉の前に行き、ベラマッチャはマワシに挟んだ鍵を取り出した。

 ベラマッチャは扉に近づき、耳を当てて扉の向こう側の物音を探り、何の物音もしないのを確認してから鍵穴に鍵を差込んで捻ると、鍵がガチャリと音を立てた。

 取っ手を掴み力一杯扉を押すと、金属が擦れる鈍い音と共に外側に向かって扉が開いた。扉の向こう側は通路前方にある松明の灯りで薄暗く照らされており、人気は全く無い。

 ヘンタイロスを駆り先頭に立ったシャザーン卿は、ベラマッチャたちを振り返った。

「さあ貴様等、じきに自由になれるぞ。余の後に続けいっ!」

 シャザーン卿はヘンタイロスに手綱を打ち、通路に出た。ベラマッチャとポコリーノも後に続いて地下牢獄を出て行った。

 石造りの通路は四人の足音を反射させるのみであり、看守の気配は全く感じられない。不気味さすら感じるほどの静寂が通路を支配している。

 いつ看守に見つかるとも知れない緊張に四人は神経を張り詰め、極力足音を立てない様にして進んでいく。

 やがて四人は曲がり角に辿り着いた。

「確か、この向こうは階段だったな。それにしてもポコリーノ君、監視の目が全く無いのはどうなっとる? 不自然なほど看守の姿が無いではないか」

 ベラマッチャは先程から感じていた疑問をポコリーノに問い掛けてみると、ポコリーノからも同様の意見が帰ってきた。

「ああ。俺もさっきから不思議に思っていたんだ。普通なら脱獄不可能の地下牢獄なんだろうが、一人くらい看守が見張っててもいい筈だ」

 ポコリーノの言葉にベラマッチャは頷き、自分の考えを話した。

「やはり君も感じていたかね。不自然なほど無警戒すぎるではないか。これは副所長の罠か? ヘンタイロス君、シャザーン卿、君等の意見を聞かせてくれたまえ」

 ベラマッチャはヘンタイロスとシャザーン卿に意見を尋ねた。罠としか思えないほど無警戒なこの状況を、自分一人で判断する訳にはいかないと考えたのだ。

 ヘンタイロスは右手の甲を下顎に当て、暫くの間考え込んでから話した。

「そうねん。やっぱり何かあるんじゃないかしらん? 緊急事態で全員出動してしまっているとか? それとも罠がアッ……うぅっ……」

 話しの途中でシャザーン卿が、ヘンタイロスを手綱で打ち話を遮った。手綱で打たれたにも拘わらず、ヘンタイロスは少々恍惚とした表情を浮かべている。

 シャザーン卿は顎鬚を撫でながら言った。

「貴様等の意見なんぞ、どうでもよいわ。貴様等は余に従っておればよいのだ。さあ行くぞ!」

 シャザーン卿はヘンタイロスを手綱で叩き、角を曲がり進んで行った。それを見たベラマッチャとポコリーノは顔を見合わせながら後に続いた。

 横を歩くポコリーノの顔が、怒りで赤く染まっているのを見て、ベラマッチャはポコリーノの肩を軽く叩いた。

「ポコリーノ君、まあ落ち着きたまえ。まずは此処から脱出する事だ。シャザーン卿には彼なりの考えがあるのだろう。ここは泥棒たる彼の腕を信じ、任せてみようではないか」

 ベラマッチャの言葉にポコリーノは頷いたが、納得できなそうな表情で階段を登って行った。

 階段を上がると、もう一つの扉がある。ベラマッチャは再び、扉に耳を当てて向こう側の様子を確かめ始めた。

 どうやら向こう側には誰も居ないらしい。ベラマッチャは鍵穴に鍵を差込み、扉を開けた。再び金属の擦れる鈍い音が響き渡り、扉が開くと同時に大勢の喚声の様な音が聞こえて来た。

「むぅ、何事じゃ。大騒ぎしておる様ではないか?」

 ベラマッチャとポコリーノは扉の向こうを覗いたが、やはり看守の姿は無い。それに大勢の喚声が間断なく聞こえてくるのである。

(今日は慰問団でも来て漫才でもしているのか……?)

 ベラマッチャは不審に思い、他の三人と顔を見合わせた。ポコリーノとヘンタイロスも怪訝な顔をし、シャザーン卿は顎鬚を撫で回している。

 ヘンタイロスは不安そうな面持ちでベラマッチャに言った。

「ねぇんベラマッチャ。宴会でもやってるんじゃないかしらん? 凄い人数の声だし、怒鳴り声まで聞こえてくるわよん? 看守も全員警備に行ってるんじゃないのん?」

「むぅ、ヘンタイロス君。僕も君の意見に同意する。ポコリーノ君、君の意見は?」

 ヘンタイロスの言葉にベラマッチャは頷いた。そうでなければ、この状況の説明がつかないからだ。

 続けてベラマッチャはポコリーノに意見を求めた。

「俺も同じ意見だ。きっとコントでも見て盛り上がっているに違いねえ。そうじゃなきゃこの喚声の説明はつかねえぜ。ベラマッチャ、こいつは大チャンスだ。この隙に脱獄と洒落込もうぜ」

 やはりポコリーノも同じ意見だ。ベラマッチャは自分達の意見は要らない、と言い放ったシャザーン卿を見た。シャザーン卿は尚も顎鬚を撫でながら考え込んでいる様だ。

「シャザーン卿。君は僕等の意見は要らないと言ったが、僕等三人の意見は一致しとる。プロフェッショナル盗賊としての君は、別の意見かね?」

「フン。プロフェッショナル盗賊と言われては答えずにおれまい。この状況では、誰がどう判断しても同じよ。おそらく、囚人は皆外に出ていよう。だが、余が貴様等と違うのは、これは慰問団が芸を披露しておるのではなく、収容所内に大問題が発生しておると考えるところじゃ。そこが違う。プロ中のプロと素人の差じゃな。だが、どちらにしても好機。さあ、脱獄するぞ! 貴様等、盾となり余を逃がすのじゃ!」

 身勝手な言い草でヘンタイロスに付けた手綱を操り、シャザーン卿は収容所の通路に躍り出た。ベラマッチャとポコリーノも後に続いて通路に出る。

 夜の闇に紛れ、ゆっくりと忍び足で通路を進むが、依然として看守の姿は無い。そして喚声は益々大きくなって来る。どうやら喚声は、収容所正面の広場から聞こえる。

「窓があるぜ!」

 ポコリーノは前方右側に窓を見つけ、急いで走って行った。

「げぇっ! こっ、これは~っ!」

 ポコリーノの眼に、松明の灯りに照らされた衝撃の光景がの飛び込んで来た!

 ベラマッチャたちも慌てて走って行き窓の外を覗くと、信じられない光景が網膜を直撃した!

「うおっ!」

「うッ、嘘でしょうんっ!」

「たッ、戦ってる! 囚人たちが看守たちと戦っているぞっ!」

 それは囚人たちが看守たちと戦っている驚くべき光景だったのである!


2017年11月8日Feel The Darkness