第四話 Astro Zombies 其の1

2017年11月8日Feel The Darkness

 夜明けと共に目を覚ましたベラマッチャは、ベッドの上で寝ているポコリーノを揺さぶり起こした。

「ポコリーノ君、起きたまえ。早めに死の谷を越えてしまおうではないか」

 ベラマッチャに揺さぶられ目を開けたポコリーノは、まだ痛む身体を気遣いながら辛そうに起きあがった。

 ポコリーノは痛みに顔を顰めながら、ゆっくりとベッドから出て来たが、無理をしているのは明らかである。

「ヘンタイロス君、起きたまえ。もうお日様はコンニチハをしているぞ」

 毛布を頭まで被って寝ているヘンタイロスに声を掛けたとき、背後からポコリーノの声が聞こえてきた。

「ん? なんで裸なんだ? パンツも履いてねえぞ?」

 ポコリーノの言葉に、ベラマッチャは振り返ってポコリーノを見た。

「ポコリーノ君、昨夜ヘンタイロス君と二人で、君の意識を取り戻させようと看病していたのだよ。服はそのときに脱がしたのだ」

「そうか……それで裸で寝ていたんだな。それにしてもパンツまで脱がすとは念の入った事だぜ。お日様だけじゃなく、俺の倅もコンニチハしてやがる」

 たしかにポコリーノの局部には、木製の立派な一物が付いている。ベラマッチャは一物をチラリと見た後、ポコリーノの顔を見てニヤリと笑った。

「ポコリーノ君。いつまでもソレを見せつけてないで、早く服を着てくれたまえ」

「それが、パンツが見あたらねえ。ベラマッチャ、ちょっと探してくれ」

 二人がポコリーノのパンツを探して部屋中をウロウロしていると、ベッドの横からヘンタイロスの声が聞こえてきた。ヘンタイロスもやっと目を覚ましたようだ。

「ふぁぁぁぁ~ん。二人とも、もう起きてるのん? 早起きなのねん」

 ヘンタイロスの声に振り返った瞬間、想像もつかなかった結末を目の当たりにした二人は、身体を硬直させてその場に立ち尽くした!

「ヘッ、ヘンタイロス君……」

「そっ、そいつぁ……」

 なんとヘンタイロスは、ポコリーノのパンツを頭に被って寝ていたのである! 唖然として指を指す二人に向い、ヘンタイロスは言い放った。

「あぁ、これん? ヘアーが乱れちゃうから、ちょっと借りたのよん。なによん? 二人ともワタシを見つめて」

 茫然自失のポコリーノは努めて平静を装い、ヘンタイロスに語りかけた。

「いっ、いや、なんでもねぇんだ。それ、気に入ったならやるよ……」

「あらっ! そぅおん? じゃあ、頂いておくわん。良かったわん、森から出てくるときに、あまり荷物を持ってこなかったのよねぇん。これで安心して眠れるわん。サイズぴったりなのよね、このパンツ。キャッ! ヤダわん、丸出しじゃないポコリーノ。アンタ露出狂? それともベラマッチャに変なことする気だったのん? ウフフ……」

 あまりの事にショックを隠せないポコリーノを見かね、ベラマッチャが口を挟んだ。

「ポコリーノ君。それでは僕が、新しいパンツを買ってこよう。その格好では外出できんだろう?」

「あっ、あぁ……そうだな」

 ベラマッチャはコインを何枚か握り、逃げるように部屋を出て行った。朝早くからよそよそしい態度の二人を見たヘンタイロスは両肩を竦め、残ったポコリーノを相手にせず、鼻歌を歌いながら化粧を始めた。

 ポコリーノはポコリーノで、自分の胸に残るモヤモヤした気持ちと、やり場の無い感情との葛藤に苛まれ、部屋の隅をうろついた。この、怒りとも挫折感とも違う、訳の判らない感覚は何なのだろう……。

 そうこうしているうちに、ベラマッチャが荷物を抱えて戻ってきた。

「いやぁ、遅れてすまん。ポコリーノ君、残念だがパンツは売っていなかったよ。その代わり……」

 ベラマッチャは袋の中から布切れを取り出し、ポコリーノに手渡した。

「ポロスの街でゴロツキにシャツを切り裂かれてしまったろう。風邪をひくとイカンからシャツ代わりの物も買ってきたよ」

「サラシとフンドシか。古くせえモン買ってきたな。しかし、パンツが無いんじゃしかたないだろう」

「むぅ、上着だけでは腹が冷えてしまうだろう。僕はマミーから、腹を冷やすとピーピーになってしまうと、よく言われたものだ。P.P.がピーピーになっては格好がつかないだろう? 兎に角、腹を冷やさん事だ」

 ポコリーノもヘンタイロスも、ベラマッチャのパンチの効いたジョークに声を出して笑った。フルチンで待っていたポコリーノは、受け取ったサラシとフンドシを身に付け、ズボンを履き学ランを着込んだ。裏地に刺繍を施している特注の学ランだ。最後に学帽を被ったポコリーノは、ベッドに座りベラマッチャとヘンタイロスの旅支度が整うのを待った。

「では諸君、サンダーランド強制収容所へ向かおうではないか。日が沈む前に死の谷を越えなければ」

 三人が部屋を出ようとしたとき、酒場のマスターが深刻そうな表情で扉を開け部屋に入って来た。

「あんたたち大変だぞ。ディープバレー騎士団の方がお見えになっている。あんたたちに話があるそうだ。昨日の事で、お咎めを受けるんじゃないのか?」

「なにぃ~、ディープバレー騎士団? 喧嘩の続きならやってやるぜっ!」

 昨日のゲルゲリーの一撃で、大勢の見物人の前で無様を晒してしまったポコリーノは、いきり立って部屋を飛び出そうとしたがマスターに押し留められた。

「待ってくれ。喧嘩に来た訳じゃないんだ。ゲルゲリー様があんたたちに話があると言っていた。裁判に掛けられるのかも知れん」

 三人は顔を見合わせ、荷物をヘンタイロスの背に括り付けると、マスターの後に付いて階段を降りて行った。

 酒場を見ると、一人の騎士がカウンターに座りこちらを見ている。

「来たか……ゲルゲリー様がお呼びだ。ついて来い」

「騎士殿、ゲルゲリー公が僕らに何の用件かね?」

「サンダーランド強制収容所についての事だそうだ。さあ、行くぞ」

「サンダーランド強制収容所!」

 突然の事態に仰天したベラマッチャ達は、朝食を取る事も忘れ騎士の後について酒場を出た。

「ヘンタイロス君、どうやら昨日、騎士団と揉めた事は無駄ではなかったようだな」

「そうねん。ポコリーノの喧嘩癖に感謝だわん」

 そう言って、ヘンタイロスは横目でポコリーノを見た。ポコリーノは不機嫌そうな顔つきで黙々と歩いている。

 暫く歩くと、正面に小さな城が見えてきた。

「ここがゲルゲリー様の居城、アイアン・フィスト城だ。開門!」

 騎士は大声で衛兵に開門を要求し、軋みながら開く門を通り抜けて城の中へ入って行った。城の庭は手入行き届いており、真ん中にある噴水からは勢いよく水が出ている。

「素敵だわん! まるでお姫様になったみたいだわん」

「お姫様? ケッ! オカマ様の間違いじゃねえのか? 気にいらねえ城だぜ!」

「ポコリーノ君、落ち着きたまえ。昨日のように騎士殿に失礼があってはならん」

 ベラマッチャはポコリーノを諌めたが、ポコリーノは気にいらなそうな顔で横を向いてしまった。ヘンタイロスを見ると、目を輝かせて周りを観察している。

 建物の中に入ると長い廊下に赤い絨毯が敷かれており、奥に扉が見える。先頭を歩いていた騎士が突き当たりの扉を開けると、正面にゲルゲリーが座っている。

 騎士はゲルゲリーの前に進み出て恭しく挨拶をした。

「ゲルゲリー様、昨日の三人を連れてまいりました。貴様等、ゲルゲリー様に敬礼せよ」

 ベラマッチャたちはゲルゲリーの前に進み出て、騎士に習い敬礼をした。しかし、ポコリーノだけは横を向いたままである。

「木人! いつまで無礼な態度を取っておる! 早く敬礼せんかっ!」

「構わん捨ておけい。来おったか……フッフッフ……苦しゅうない、近こう寄れい」

 ゲルゲリーは騎士を制止し、ベラマッチャたちを近くに招いた。

「ジャヴァーの者よ、サンダーランド強制収容所の囚人に会いたいと言っておったな? カダリカ一味への復讐のために。仔細を申してみよ」

 ベラマッチャはゲルゲリーの言葉に頷き、これまでの経緯を話し始めた。

「ゲルゲリー殿、僕の村はカダリカ一味に皆殺しの目にあったのだ。僕が不甲斐ないばかりに、一族の宝『野獣の角笛』まで奪われてしまった。僕は復讐を誓い、ウツロの森で出会ったヘンタイロス君の協力を得て、ポロスの街に出た。ポロスで魔術師のザーメインからポコリーノ君を借り受け、ここまで来たのだ。ゲルゲリー殿、僕は一族を再興せねばならんのだ」

 ベラマッチャの話を聞いたゲルゲリーは、遠くを見るような目でポツリと呟いた。

「ザーメイン……彼は達者か? ずいぶん長いこと会っていないが……そうか、ザーメインが1枚噛んでおったか……」

 ベラマッチャはゲルゲリーがザーメインを知っている事に驚き、聞き返した。

「ゲルゲリー殿はザーメインをご存知なのかね?」

「知っている。ザーメインはかつて王の顧問をしておったのだ。欲に目の眩んだ側近どもに嫌気が差し、野に下ってしまったが……ザーメインが1枚噛んでいるとなれば捨ておく分けにもいくまい。余が自ら、カダリカとやらを成敗してくれてもよいのだが……」

 予想もしなかった展開にベラマッチャは小躍りして喜んだ。騎士団が味方になってくれれば、カダリカ一味など木っ端微塵にしてしまうだろう。

「ゲルゲリー殿! では、僕たちに協力してくれるのかねっ! ならば、サンダーランド強制収容所へ行く必要もない!」

「慌てるな。余が自ら動きたいのだが、それは出来ん」

「何故かねっ! 今、自ら成敗すると言ったではないか! 野蛮人どもが国中を荒らしているのに、王国の騎士団が放っておくつもかねっ!」

 ベラマッチャはゲルゲリーの本心を図りかね、怒りの形相で叫んだ。

「そう、放っておく事はできん。だが成敗する事もできん。先程国王より、ピーターズバーグ王国全ての騎士団に、大陸出撃の詔勅が出された。騎士として、王の命令に従わねばならん。大陸との戦争は連戦連勝、我が王国騎士団は二十倍もいる敵を蹴散らしておる! 王の側近どもは、ここで一挙に片をつけようとしているのだろう。我が騎士団は来週にも大陸へ向けて出撃する! だから、カダリカとやらを成敗する事はできん。側近どもは国土の荒廃より大陸の利権に目が眩み、王に讒言を繰り返して戦争を拡大しおった。大陸の連中を甘く見てはならない。条約無視と謀略、そして後退戦術で敗れた昔の二の舞になる」

「ゲルゲリー殿……まさか、その身体で戦争へ……」

 ベラマッチャは天を仰ぎ呟いた。あと三ヶ月の身で戦地に赴くとは……。

「ディープバレー騎士団の統領たる余が行かず、誰がこの騎士団の指揮を執るのだ? フッフッフ……余にとって、これが最後の戦になるだろう。見事な死に様を見せてくれるわ!」

 これから死地に赴くというのに、ゲルゲリーはさも愉快そうに笑った。おそらく生きて帰る事はできないだろう。

 ベラマッチャは、この騎士の非情な運命に同情した。

「では、僕らが必ずカダリカ一味を倒し、イドラ島に平和をもたらそう」

「よう言った! それでこそアンドレイの倅だ! 見事一族の仇を討ち果たし、親父の墓前に報告するがいい! かつてグッチ・ハマーがキワイ大火山神を封印し、イドラ島に平穏をもたらした様に! 『野獣の角笛』を取り戻し、一族を再興するのだ!」

「ゲルゲリー殿! ダディの事もご存知なのかね!」

「知っておる。貴様の親父は土俵の上で、余のライバルだったのだ。かつて王宮の御前試合決勝戦で戦った事もある。余も騎士の嗜みとして相撲の腕には自信があるが、奴のうっちゃりは防げなかった。アンソニーよ、貴様が生まれたとき、アンドレイは余を生誕の宴に招待してくれた。あの赤子が、こんなに大きく育ったとは。よし! 教えよう! サンダーランド強制収容所の事をっ!」

 ゲルゲリーはサンダーランド強制収容所の事を、事細かに話し始めた。建物の大きさ、部屋の数、所内での生活など、知りうる限りの事をベラマッチャたちに話した。

「サンダーランド強制収容所は、王の側近の一人が管轄権を持っておる。副所長のクラスがその手先だ。所長は余に同情的だったが、副所長の目が光っている限り所長の自由にはならん。ここに、所長への手紙を用意してある。いろいろと便宜を図ってくれるだろう」

 そう言い終わると、ゲルゲリーはベラマッチャに手紙を手渡した。

「かたじけない、ゲルゲリー殿」

「運よくサンダーランド強制収容所から出られたら、このディープ・バレーの外れにあるシーマ・イザブラーの処へ行くがいい。イザブラーには余から話しておこう」

「イザブラー親分!」

 横にいたポコリーノが突如、声をあげた。かなり驚いているようだ。

「ポコリーノ君、君はイザブラーなる人物を知っているのかね?」

「ノオォ~、ベラマチャ。イザブラー親分を知らねえのか? イドラ島一の大博徒だぜ! 親分の勢力は博打ギルドだけじゃなく、このイドラ島の全稼業のギルドに及んでいるんだ。稼業違いでも、子分の杯を貰っている奴は大勢いる。イザブラー親分の一声で全てのギルドが動く! まあ、裏の世界の王様だな、イザブラー親分は」

「かなりの大人物のようだな、イザブラー親分とやらは。しかしゲルゲリー殿、騎士団の統領である貴方が何故、博徒などを知っているのだ? 騎士団からすれば治安を乱す存在でしかないと思うのだが?」

「戦争で治安にまで手が回らない御時世だ。裏の世界の実力者であるイザブラーを保安官に任命し、ディープ・バレーの治安維持の仕事を任せてあるのだ。それに、イザブラーの祖父は我が騎士団の者だった。戦争で傷つき騎士団を辞め、この街の顔役を務めた。今の顔役はイザブラーだ。そんな訳もあり、余はイザブラーに縄を預けている」

「なるほど、頼りになる男なのだな。イザブラー親分は。しかし、それほどの実力者が何故、カダリカ一味を放っておくのだ?」

「イザブラーの情報網はイドラ島全土に張り巡らされている。おそらく『野獣の角笛』の事も掴んでいるだろう。カダリカが角笛を持っているとなると、イザブラーも慎重にならざるを得まい。アンソニーよ。グッチ・ハマー以来、『野獣の角笛』を代々受け継ぐジャヴァー族こそが、キワイ大火山神を操る権利を持つのだ。その権利は国王ですら剥奪する事はできん」

「むぅ、やはり僕等だけで殺らねばならんか……」

 ベラマッチャは腕を組み考え込んだ。本当にカダリカ一味に復讐ができるのだろうか? 相手はキワイ山の大魔神を操る『野獣の角笛』まで手にしているのである。

「ねぇんベラマッチャ、早く行かないとゾンビが出ちゃうわよん?」

「そうだぜ、ベラマッチャ。ゾンビの群れなんかと喧嘩になるのはご免だぜ」

「ゾンビ? フッフッフ……貴様ら死の谷を越えるつもりか? ならば、いい物をやろう。ゾンビが出たらこれを使うがいい」

 ゲルゲリーが懐から瓶を取り出して横に控えていた騎士に渡すと、騎士はベラマッチャに歩み寄り瓶を渡してくれた。

「その瓶には死霊除けの聖水が入っている。ゾンビが出たら聖水をかけろ。連中は死人だ。足は遅い。聖水をかけながら走れば谷を抜けられるだろう。アンソニーよ、余は貴様が本懐を遂げられるよう、遠い大陸から祈っているぞ」

 ゲルゲリーはそう言うと奥の部屋へ去って行った。ベラマッチャはゲルゲリーの心遣いに感謝し、ゲルゲリーの背中に向かって言葉をかけた。

「ゲルゲリー殿、僕等もディープバレー騎士団の健闘を祈ろう」

 ゲルゲリーはベラマッチャたちのために、旅に必要な四人分の荷物を用意してくれていた。

「では騎士殿、失礼する。ゲルゲリー殿によろしく伝えてくれたまえ。ディープバレー騎士団に武運を」

「うむ。貴様らも元気でな。武運を」

 ベラマッチャは城まで案内してくれた騎士に礼を言い、騎士もベラマッチャの礼に答え武運を祈った。

 ベラマッチャとポコリーノはヘンタイロスの背中に荷物を括り付け、アイアン・フィスト城を出発した。


2017年11月8日Feel The Darkness