第三話 監獄からの伝言 其の2

2017年11月8日Feel The Darkness

 翌朝、日が昇る前に起きたヘンタイロスは、消えかかった焚火にもう一度火を付け朝食の支度を始めた。

 鼻歌を唄いながらスープを作っていると、ベラマッチャとポコリーノが匂いに誘われるように起きてきた。三人は軽く挨拶を交わし、手早く朝食を済ませ死の谷へ向かって出発した。

 途中、ヘンタイロスは昨夜から不安に思っている事をベラマッチャに聞いてみた。

「ねぇんベラマッチャ、このまま死の谷を越えるのん?」

「いいや、ヘンタイロス君、今日は死の谷に着く前に日が暮れてしまうだろう。谷の手前で一泊して、日の出と共に死の谷を越えようと思っている」

「それがいいぜ。何といっても夜になったらゾンビの餌食になっちまうからな。今日はディープバレーの街に泊るとしようぜ」

「ポコリーノ君、死の谷の手前に街があるのかね?」

「あぁ、ディープバレーっていう小さな街で、ディープバレー騎士団が統治している筈だ」

「よし、早くディープバレーの街に行って、死の谷を越えるための鋭気を養おうではないか」

 一日中歩き続けてディープバレーの街に入った三人は、宿を捜すため街の中心を目指す事にした。

 ベラマッチャ達が宿を見つけるために大通りに出ると、通りはかなりの人出がある。人込みを掻き分けながら歩いていると、酒場の看板がポコリーノの目に飛び込んできた。

「よおベラマッチャ、そこに在る酒場で空き部屋があるか聞いてみようぜ」

 三人は酒場に入り、カウンター席に腰を下ろした。

 ヘンタイロスは後ろ足の所に椅子を置いて器用に座り、通路が狭いとブツブツ文句を言っている。

「いらっしゃい。注文は?」

「マスター、少々尋ねるが部屋は空いているかね?」

 主人に空き部屋の有無を確認しようとしたとき、外から歓声が聞こえてきた。まるで暴風雨の真っ只中に投げ込まれたような五月蝿さである。

「凄い歓声だ。マスター、今日はこの街の祭りかね?」

「ああ、ディープバレー騎士団のゲルゲリー様が帰って来られたんだろう。それで皆、大騒ぎをしているのさ」

「ゲルゲリーって騎士は凄え人気なんだな。この人出じゃあ、街の人間のほとんどが出迎えてるんじゃねえのか」

「そりゃあそうさ。ゲルゲリー様はこの街の救世主だからな」

「救世主ってどういうことん?」

「ゲルゲリー様は、長引く大陸との戦争で働き手を亡くした家庭を保護したり、極限まで引き上げられた税金を元に戻したりと、この街に善政を施してくださったのだ。大陸との戦争を反対したため王様の不興を買い、以前からゲルゲリー様の政策を快く思っていなかった王様の側近達の陰謀で、サンダーランド強制収容所送りにされてしまったらしいんだ。まったくひどい話さ」

「サンダーランド強制収容所!」

 ベラマッチャたちは驚いた。ゲルゲリーはサンダーランド強制収容所から帰ってきたという。サンダーランド強制収容所については何も知らないが、ゲルゲリーに聞けば情報が得られるかもしれない。もしかしたらシャザーン卿についても……。

「ベラマッチャ、ゲルゲリーに会ったほうがいいわん」

「そうだぜベラマッチャ。ゲルゲリーに会って話をした方がいいぜ」

「むう、僕もそれがいいと思う。早速ゲルゲリーに会ってこよう」

 ベラマッチャは席を立ち、ヘンタイロス、ポコリーノと共にドアに向かって歩き出そうとすると、マスターが声を掛けてきた。

「あんたたち、部屋はどうするんだい?」

「マスター、すまないが一部屋とっておいてくれたまえ。今日はここに泊る事になるだろう」

 ベラマッチャたちが店から出ると、店の前は人で溢れている。三人が人波を掻き分けて最前列に躍り出ると、大通りの向こうから騎士団の行列が来るのが見える。

 行列に参加している者は皆鎧を着込んで威圧感を放ち、紅白の餅を沿道の人だかりに向かって投げながらやって来る。

 やがて行列がベラマッチャたちの前に差し掛かった。

 行列を見ると、中程の馬車にミイラの様に痩せ衰え、生気がない男が乗っている。

「あの馬車に乗った男がゲルゲリーみたいねん」

「ああ、そうらしいな。しかしこれじゃあ声が掛けられねえぜ」

「ポコリーノ君、僕等がコソコソする必要は無いのだ。正面から堂々と会いに行けばいいのだよ。僕に付いて来たまえ」

 そう言ってベラマッチャは、ポコリーノと共に行列に向かって歩いて行った。

「ああんっ、待ってよんベラマッチャ」

 行列に見惚れていたヘンタイロスは、慌てて二人の後を追って走り出した。

行列は既に、ベラマッチャたちの前を通り過ぎており、三人は急ぎ足で騎士団の後を追いかけた。

三人が行列に追いついたとき、ポコリーノが最後尾を歩いていた騎士に、いきなり話し掛けた。

「よぉアンチャン、ゲルゲリーと話がしたいんだが、取り次いでくれるかい?」

「なにぃ~っ、誰だ貴様は?」

 話し掛けられた騎士は、少し驚いたような顔で振り向いた。ポコリーノの話し方は、騎士に対する礼儀をわきまえない、街の人間と話すような口ぶりである。

「ヘッヘッヘ……ゲルゲリーと話がしたいって言ってんだよ。何処だい? 奴は?」

「ポコリーノ君っ! 何たる無茶をっ!」

 ポコリーノの無礼の数々に、ベラマッチャは慌てて止めに入った。

「無礼者! 貴様、人形の分際で愚弄するかっ!」

 騎士は顔を真っ赤にしてポコリーノを怒鳴りつけた。

「まあ、そうイキがるなよアンチャン。俺達はゲルゲリーと話が出来ればいいんだよ。早く奴を呼んできてくれや」

「ポコリーノ君っ! 暴言を慎みたまえっ!」

 ベラマッチャはポコリーノを戒めたが、既に遅かった。

「何を騒いどるかっ! 貴様!」

 騒ぎに気がついた他の騎士が近づいて来てしまったのだ。どうやらポコリーノが話し掛けた騎士の上官らしい。

「申し訳ありません。この木人が絡んできたものですから……」

 上官らしい年配の騎士は、厳つい口髭のイメージそのままに、ポコリーノをジロリと見ると怒鳴りだした。

「貴様! 人形の分際で我が騎士団を愚弄するかっ!」

「ケッ、しゃらくせえんだよ。いっぱしぶりやがって」

「騎士殿、申し訳ない。ここは僕の顔に免じて彼の暴言を許してくれたまえ」

「無礼者! 貴様ごときの顔で、栄光あるディープバレー騎士団を愚弄した事を許せると思っているのかっ!」

 騎士は益々エキサイトしてしまい、ベラマッチャに向かって怒鳴り散らし始めた。仲裁するどころか、行列も戻って来てしまっている。

「いったい何の騒ぎだ? 貴公等ここで何をしている?」

 他の騎士たちが集まって来てベラマッチャ達を取り囲み、年配の騎士とベラマッチャ達を交互に見ながら、何事なのかと説明を求めてきた。

 先程エキサイトしていた騎士があれこれと説明をしていると、騎士達の輪を破り上半身裸の男がフラフラした足取りで、巨大なハンマーを片手にベラマッチャ達の方へ近づいて来た。

「ゲッ、ゲルゲリー!」

「ゲルゲリー様っ!」

 近づいて来た裸の男はゲルゲリーその人であった。ミイラの様に痩せ衰えているばかりか全身傷だらけである。

 まるで野の獣のようなゲルゲリーの闘気に、ベラマッチャたちは戦慄を覚えた。

 ゲルゲリーはベラマッチャたちの前で立ち止まり、ジロリとポコリーノを見た。

「なっ、なんでえ」

 ポコリーノはゲルゲリーの圧倒的な威圧感に呑まれ、たじろいだ。

 ゲルゲリーは突如、持っていたハンマーをポコリーノ目掛けて振り下ろした!

「な~にしやがんでえ~っ!」

 ポコリーノは間一髪でゲルゲリーの攻撃を避けたが、ゲルゲリーは一瞬で体勢を立て直し、再びハンマーを振った。

「げえ~っ!」

 ゲルゲリーのハンマーはポコリーノの左顔面を痛打した。ポコリーノは殴られた衝撃で路上に叩きつけられ、ピクリとも動かない。

「ノオォ~ッ! ポコリーノ君!」

「キャアァァァ~ンッ! ポコリーノがんっ!」

 ベラマッチャとヘンタイロスは悲鳴をあげた。ポコリーノは口から泡を吹き、白目を剥いて完全に意識を失ってしまっている。

「ひどいわんっ! アンタ、ポコリーノを殺す気んっ!」

 ヘンタイロスがゲルゲリーの方を振り向くと、そこにはゲルゲリーが立っていた。

「ギャァァァ~ンッ!」

 ヘンタイロスはゲルゲリーの凄まじい殺気に気圧されたのか、絶叫した後、口から泡を吹いて失神してしまった。

「キッ、キミィ……ぼっ、暴力は止めたまえ……」

 ゲルゲリーの威圧感の前にベラマッチャはすっかり縮み上がってしまい、ガタガタと震えながら必死にゲルゲリーをなだめようとした。

「貴様……そのマワシ、ジャヴァー族の者か……」

 ベラマッチャはハッとしてゲルゲリーを見上げた。彼はジャヴァー族を知っている。

「ゲルゲリー殿、君は僕の一族を御存知なのかね?」

「知っている。それより何故、我が騎士団に争いを仕掛けた?」

「いや失礼した。君にサンダーランド強制収容所のことを聞こうとしたのだが、僕の連れが礼儀を欠いた態度をとってしまい、そこにいる騎士諸君と争いになってしまったのだ」

ベラマッチャはポコリーノと争いになった二人の騎士を指差して説明した。

「騎士殿、申し訳ない。連れの無礼は謝る。しかしまあ、ゲルゲリー殿の一撃でポコリーノ君も失神してしまった事だし、この争いはこれで終わりとしよう。それで良かろう、ゲルゲリー殿」

「貴様ぁっ! 野蛮人の分際でゲルゲリー様に偉そうな口をききおって!」

 ゲルゲリーの後ろに詰めていた騎士達が、一斉に怒りの声を投げつけたが、ゲルゲリーは騎士達を制し、ベラマッチャに同意した。

「よかろう。だが貴様、サンダーランド強制収容所について余に尋ねたいとは如何なる理由があっての事か」

 ベラマッチャは一瞬ためらった。ゲルゲリーがサンダーランド強制収容所に収監されていたとはいえ、彼はピーターズバーグ王国の騎士である。囚人を脱獄させに行くとは言えば、どんな仕置きを受けるか分からない。しかし説明しなければサンダーランド強制収容所の事を聞き出せないだろう。

「カダリカという男に復讐するため、サンダーランド強制収容所にいる囚人の力を借りなければならないのだ。彼に会うために、君に収容所の事を詳しく聞きたい」

「なに、貴様カダリカと申したか!」

 ゲルゲリーの後ろにいた騎士たちは急にざわめいた。どうやらカダリカ一味は騎士団の間でも問題になっているらしい。

「フッフッフ……復讐か……」

 ゲルゲリーは何故か笑い出し、傍にいた騎士に何事かを耳打ちすると、馬車に向かって歩き始めた。

 ベラマッチャはゲルゲリーの笑いに不快感を露にしながらも、収容所の事を聞くためゲルゲリーの後を追いかけようとした。

「キミィ! 収容所の事はっ!」

 ゲルゲリーを追おうとしたそのとき、騎士達がベラマッチャの行く手を阻み、取り囲んだ。

「貴様、サンダーランド強制収容所へ行きたいだと?」

「ナメるのもいい加減にしろよっ! 小僧!」

 一人の騎士がベラマッチャを殴ったのを合図に騎士達は一斉に襲いかかり、ベラマッチャを袋叩きにし始めた。

「ぎぃえぇぇぇ~~~っ!」

 このままでは死んでしまう! 生命の危機を感じたベラマッチャは必死になって逃れようとしたが、騎士達の鉄拳は容赦なくベラマッチャを殴り続ける。

 ベラマッチャが意識を喪いかけた頃、一人の騎士に髪を掴まれ、無理矢理立たされた。

「今の御方がディープバレー騎士団にその人ありと言われた、ブライアン・ゲルゲリー様だ。見ただろう。死人も同然、もってあと三ヶ月だ……」

「三ヶ月……」

 ベラマッチャは驚いた。あれほどの益荒男の命があと僅かとは……。

「サンダーランド強制収容所にゃ入口はあっても出口はねえんだよ~っ!」

 騎士は泣きながら絶叫し、ベラマッチャの顔を思いきり殴り飛ばした。

「ガハァッ!」

 ベラマッチャは血反吐を吐きながら地面を転がり、辛うじて保っている意識を集中して騎士たちを見上げた。

 驚いた事に騎士たちは皆、涙を流している。その涙がディープバレー騎士団にとってのゲルゲリーの存在の大きさ、サンダーランド強制収容所の悲惨さを物語っていた。

「遊びじゃねえんだ小僧」

 騎士たちは口々にベラマッチャを罵り、唾を浴びせて去って行った。

 道路の両脇の見物人たちも、ベラマッチャたちに罵声を浴びせた。酒場のマスターが言ったように、彼等にとってもゲルゲリーは偉大な存在だと思い知らされた。

 ベラマッチャは地面の上に仰向けに倒れたまま、彼等が去って行くのを見ていた。殴られた痛みより、何故か心の痛みが大きかった。

 暫くこのままでいたかったが、ポコリーノとヘンタイロスが失神したまま倒れている。ベラマッチャは痛む体と心を引き摺りながら、二人の元に向かった。

「ヘンタイロス君、大丈夫かね? しっかりしたまえ」

 何度か身体を揺さぶると、ヘンタイロスが目を覚ました。ヘンタイロスはベラマッチャを見ると悲鳴をあげ、逃げようとした。

「ぎゃあぁぁぁ~~んっ! 殺さないでんっ!」

「しっかりしたまえヘンタイロス君。僕だ。アンソニー・ベラマッチャだ」

「ううっ、ゲルゲリーわん? 一体どうなったのん?」

「彼は行ってしまった。安心したまえ」

 ベラマッチャは冷静な口調で、ヘンタイロスを安心させようと努めた。その甲斐あってかヘンタイロスは徐々に落ち着きを取り戻し、恐怖の体験が終わった事にホッと胸を撫で下ろした。

「ああ怖かったわん。まるで猛獣に襲われている様な恐ろしさだったわん。まあ! その怪我はどうしたのん! アンタまさかゲルゲリーと戦ったんじゃないでしょうねん」

「いいや、ヘンタイロス君。ゲルゲリーにサンダーランド強制収容所について聞こうと思ったのだが、怒り狂った騎士たちに袋叩きにされてしまったのだ」

「袋叩きですってん! まあ怖いん。お肌を傷付けられたら、ワタシ死んじゃうわん。あ~あん、殴られなくて良かったわん。乱暴な人たちって本当に嫌よねん」

 ヘンタイロスはホッとした表情で、肌に付いた汚れを拭い始めた。

ベラマッチャは、自分一人が無傷で良かったかの様なヘンタイロスの態度に、内心怒りを覚えた。薄暗い中で鼻歌を唄いながら肌の手入れを始めたオカマの顔が、反吐が出ほど憎々しく見えるが今はポコリーノの事が心配である。

 ベラマッチャはポコリーノに近づき、身体を揺すって声を掛けてみたがピクリとも動かない。

「ポコリーノ君、傷は浅いぞ。しっかりしたまえ」

 だがポコリーノは白目を剥き、口から泡を吹き出して失神している。

「それにしても信じられないわん。ポコリーノが一発でヤられちゃうなんてん……」

「僕も信じられんよ。まさかポコリーノ君がたった一発で失神してしまうとは。それより彼を介抱しなくては。ヘンタイロス君、手伝ってくれたまえ。ポコリーノ君を先程の酒場へ運ぼう」

 ポコリーノをヘンタイロスの背に乗せ、ベラマッチャは酒場へ向かった。

 酒場の扉をくぐり、カウンターに向かって歩いて行くと、他の客たちから騎士団と争いになった事を罵られたが、それを遮るようにマスターが話し掛けてきた。

「あんた等、なんて無茶をするんだ。ゲルゲリー様はこの街の英雄だぞ。ディープバレー騎士団に喧嘩を売るなんて信じられないよ」

「マスター、僕達は争いを起すため彼等の所へ行った訳ではないのだ。少々尋ねたいことがあったのだが、誤解から争いになってしまった」

「まあ兎に角、無茶はしない事だ」

「ところでマスター、僕等の部屋は何処になるのかね? 一休みしたいのだが」

「ああ、二階のいちばん奥だ。行けば判る。前金で金貨10枚だ」

 ベラマッチャはマワシに挟んでいた皮袋から金を取り出してマスターに渡し、ヘンタイロスと共に部屋へ向かった。

 部屋は意外に広く、綺麗に掃除されている。

 ベラマッチャは早速ポコリーノをヘンタイロスの背から下ろし、ベッドへ寝かせた。ヘンタイロスも心配そうにポコリーノを見ている。

 ベラマッチャはベッドに寝かせてもピクリとも動かないポコリーノを見て、ポコリーノの命は助からないのではないのか? という不安に襲われ始めた。

 そのうちにポコリーノの看病についてヘンタイロスが切り出した。

「ねえんベラマッチャ、木人の手当てって一体どうやるのかしらん?」

「僕も考えていたのだがサッパリ判らない。顔面を強打されたが、他にも怪我が無いか服を脱がせてみよう。僕は水を汲んでくる。君が服を脱がせておいてくれたまえ」

「脱がせるのは得意よん。任せといてん」

 ベラマッチャはヘンタイロスにポコリーノを任せ、部屋を出た。

 ゲルゲリーの事について彼是考えながら、トイレに転がっていたバケツに水を汲み、部屋へ戻って行った。

「ヘンタイロス君どうかね、ポコリーノ君の具合は」

 部屋のドアを開け、ポコリーノの具合を聞こうとベッドに顔を向けると、ヘンタイロスがギラギラした目つきでポコリーノの身体を撫でまわしており、ベラマッチャの声も聞こえていない様子である。

「キミィ、僕の声が聞こえないのかね?」

 ベラマッチャが近づいて肩を叩くと、ヘンタイロスはハッとした表情でベラマッチャに顔を向けた。

「あっ、ベラマッチャ! 早かったのねん。へっ、変な事をしてた訳じゃないわよん。ちょっとポコリーノの身体を調べていたのよん」

 ヘンタイロスは焦っているらしく、どもりながら言い訳がましい返事をした。

「いったい何を言っとるのだ君は。そんな事よりポコリーノ君の具合はどうだね?」

「身体に傷は無いわねん。顔面を強く打たれて意識を失っているだけみたいだわん」

「そうか、それは良かった。先程ポコリーノ君の身体を撫で回していたから、傷付いているのかと思ったよ」

「さっ、触っていた訳じゃないわん。背中の彫物を見ていたのよん」

「そう言えば彼は背中に彫物をしていたな。どれ、僕にも見せてくれたまえ」

 ポコリーノの身体を動かしていると、下半身に掛けてあるシーツが落ちてしまった。 ベラマッチャはシーツを拾い上げようとした時、ある事に気づいた。

「キミィ、何もパンツまで脱がす必要はないだろう」

「変な言いがかりは止めてよん! ワタシはポコリーノの身体に傷が無いか調べるために裸にしたんだからん!」

 ヘンタイロスは顔を真っ赤にして抗議したが、ヘンタイロスがポコリーノに何かしようとしていたのではないか、という疑念を拭い去る事ができなかった。

 ベラマッチャはヘンタイロスとの会話を中断し、ポコリーノをうつ伏せにして彫物を見る事にした。

「凄い迫力だ……きっと名のある職人の仕事だろう」

「本当ねん。木人でも彫るときは痛いのかしらん」

 ベラマッチャとヘンタイロスが暫く彫物についての会話をしていると、呻き声が聞こえて来た。

「うぅっ……」

 ベラマッチャとヘンタイロスがポコリーノを見ると、ポコリーノは更に数回、呻き声をあげた。

「ポコリーノ君、大丈夫かね? しっかりしたまえ」

 声を掛けてみたが反応は無く、ポコリーノはただ呻いているだけである。

 ベラマッチャは暫くポコリーノの様子を眺めているうちに、ポコリーノの命は助からないのではないか? という不安が次第に確信に変わってきた。

「ヘンタイロス君、残念だがこの様子では、ポコリーノ君は助からないかもしれないな」

「そんなの嘘よんっ! ねえんポコリーノ、何とか言いなさいよん」

 そう言いながらヘンタイロスがポコリーノの身体を揺すると、突然ポコリーノが苦しみ出した。

「うぅっ……苦しい……」

「ポコリーノ君っ! ヘンタイロス君っ! 水だっ!」

 ヘンタイロスは大急ぎでバケツをベラマッチャに渡すと、ポコリーノを抱き起こした。

 ベラマッチャはバケツを受け取ると、ポコリーノの口にバケツを当てて、無理矢理飲ませ始めた。

「さあポコリーノ君、死に水は僕が取ったぞ。何か言い残す事は無いかね?」

 ベラマッチャがバケツを床に置き、ポコリーノの肩を何度か叩くと、ポコリーノは身体をピクピクさせ、ゆっくりと目を開けた!

「うぅっ……ここは……何処だ……」

「オォッ! ポコリーノ君っ!」

「助かったのねんっ! ヘンタイロス嬉しいんっ!」

 ヘンタイロスは躍り上がって喜び、ポコリーノに抱き付いてキスを浴びせている。

 ポコリーノは袖で顔を拭いながら嫌そうな表情をし、何度か頭を振ってベラマッチャを見た。

「ベラマッチャ、一体ここは何処なんだ」

「ポコリーノ君、ここは酒場の二階だ。君はゲルゲリーの一撃を食らい、失神してしまったのだよ。それで僕とヘンタイロス君がこの部屋まで君を連れて来たのだ」

「そうか……俺はあの一発で……」

 ポコリーノは遠くを見るような表情で呟いた後、次第に悔しそうな顔つきになってきた。

「クソッ! この俺が一発で斃されちまうとは……このイドラ島に、あんな化け物が居やがるとはな」

「ポコリーノ君、彼は騎士なのだ。言わば戦争のプロ、戦いのプロだ。彼に負けた事を残念がる事はないと思うが」

「奴が戦争のプロなら俺は喧嘩のプロよ。その俺が……畜生! 少し騎士ってモンを甘く見ていたぜ!」

 ポコリーノはゲルゲリーに負けた事にかなりショックを受けたらしく、ガックリと肩を落としてしまった。

 あまりのポコリーノの落ち込み振りに見ていられなくなったベラマッチャは、話題を変えて彫物の話を始めた。

「ポコリーノ君、まあそう気にするな。ところで君が寝ている間に見せてもらったのだが、背中の彫物は物凄い迫力だな」

「ああ、こいつはザーメインの所を飛び出した時に彫った鎌倉彫りだ。ポロス一の家具職人の仕事よ」

「やはり腕利きの職人の仕事かね。その彫物からは魂を感じるよ。ところで身体は大丈夫かね? もしダメージが残っているようなら、この街で何日か休んでいこうと思っているのだが」

「ナメたことを言うじゃねえか。この程度の傷で俺様が何日も寝込むとでも思っているのかい? ふざけるんじゃねえよ」

「流石はポロスのポコリーノ、P.P.の異名は伊達じゃないわねん」

 ベラマッチャとヘンタイロスはポコリーノにベッドを譲り、床の上で眠りについた。

 二人が眠りについた後もポコリーノは眠れずにいた。一撃で喧嘩に勝ってきた自分が、一撃で失神させられてしまったのである。

 ゲルゲリーの様な一流の騎士に勝つ為にはもっと修行を積むしかない。

 ポコリーノは夜更けまで喧嘩修行のことを考えながら、いつしか眠りに落ちていった。


2017年11月8日Feel The Darkness