エピローグ

2017年11月8日カツラ大戦争

 ――八ヵ月後。

 ワグカッチの広場で王国死刑隊が、全裸の身体を赤い縄で亀甲縛りにされた、一人の女を絞首台へと連行していた。女は狂っているのか、ニタニタと笑いながら奇声を発したり、子守唄を歌いだしたりしている。

 女は臨月であろう大きな腹に、愛おしそうに当てていた手を死刑隊に掴まれ背後で縛られると、絞首台の上まで歩かされて首にロープを掛けられた。

 死刑隊が右手を上げた刹那、絞首台の床が開いて女の身体は下に落ちた。女は我が子に永遠の別れを告げ、二度と子守唄を歌う事ができない旅に出たのだ。

 ビクン、ビクンと身体を痙攣させた後、女は最後の力を振り絞るかのように大きく身体を揺らすと、糞尿と共に羊水が噴出し、未だ痙攣の治まらぬ脚の間から赤子を出産した。

 (遅かったか……)

 人混みを掻き分け、刑場へと入って行く一人の男。

 慮外の侵入者を死刑隊が黙認する訳もなく、男はすぐに死刑隊数人に取り囲まれ、ちょっとした騒動となった。

「何を騒いどるか貴様等!」

「隊長!」

「あッ……。これは……」

 刑場の奥からやって来た隊長と呼ばれる男は、侵入して来た男を見ると恭しく頭を下げて隊員を叱りつけた。

「馬鹿者! こちらは王国管理官、カツラスキー様だ! お通ししなさい」

「げぇッ! かッ、管理官!」

「ハッ、ハハァ~ッ!」

 王国管理官と聞き仰天した隊員たちは、直立不動の姿勢になりカツラスキーに向かって敬礼した。

 それをカツラスキーは横目で見ながら、隊長を伴い絞首台へと歩いて行く。

 絞首台から下ろされる女の遺体を見ながら、カツラスキーは隊長に話しかけた。

「隊長、生まれた子は私が引き取る。女の遺体はダウーギョにある一族が眠る墓地に丁重に埋葬しろ」

 突然の命令に、隊長は少しムッとしながら答えた。

「いくらカツラスキー様のお言葉でも従いかねますな。死刑に処した者は無縁墓地に埋葬し、死刑執行時に生まれた赤子は薬殺する事が王国法で定められております」

「王国法……」

 隊長の答えにクスリと笑ったカツラスキーは、右手で顎を撫でながら少し考えると隊長に向かって言葉を返した。

「では私も王国法に従わねばならん。彼女はK.G.B.のエージェントだ。公務員法では、公務中のエージェントには王国法の適用が除外されるのは君も知ってのとおりだ。狂っていたとはいえ、死刑隊が勝手にエージェントを死刑に処したならば、私も公務員法に従い、公務執行妨害で死刑隊全員を刑に処さねばならん」

「エージェント……。そッ、そんな……」

 その言葉を聞いた隊長の顔は蒼褪め、身体をガタガタと震わせながら力なく両膝を地面に付き、カツラスキーの脚にしがみ付いて泣き叫んだ。

「おッ、お助けくださいカツラスキー様! 私はまだ死にたくないんですぅ!」

「生まれた子は私が引き取る。女の遺体はダウーギョにある一族が眠る墓地に丁重に埋葬しろ。それで今回の失態は不問に処す」

 泣き叫ぶ隊長を見ることもなくカツラスキーが先程の言葉を繰り返すと、隊長は絞首台まで走って隊員が抱いていた赤子を奪い取り、女の遺体を地面に置き指示を待つよう伝えてカツラスキーの元に走り寄り、ボロ布に包まれた赤子を手渡した。

「これで王宮へは内密にして頂けるのでしょうか?」

 カツラスキーは赤子を受け取りながら頷くと、隊長の顔をジッと見つめた。

「死して屍、拾う者なし……。それが我らエージェントの掟だ。だが、それでは彼女が哀れすぎる」

 隊長はカツラスキーの言葉に相槌を打ち、賛同の意を示す。

「危険な仕事ですからな、エージェントは。しかしカツラスキー様が赤子を引き取るとは、栄転が決まったという事ですかな?」

 隊長が機嫌を窺うような表情でカツラスキーの顔を覗き込むと、カツラスキーの口から意外な言葉が飛び出した。

「辞める事にしたよ」

「えッ?」

「私は今回の仕事で公務員を辞し、一介の職人として真面目なカツラを作る事にした。今や王宮では男性用カツラより、女性用の特異なヘアスタイルのカツラの注文ばかりだ。K.G.B.の股ドールの多くが第一種公務員の資格を取るようになり、『土砂崩れ家流し』だの『爆乳三段盛り』だの奇抜な女性用カツラを製作し、『ハゲ嬢』と呼ばれ注目を集めている。私の居場所は無くなってしまったよ」

「カツラスキー様……」

 隊長に背を向けて刑場を後にしたカツラスキーは赤子をあやしながら、名前を付けようと股間を覗き込んだ。そこには小さな突起がちょこんと付いていた。

(ヅラスカヤの子供だ。名前はヅラノフがいいだろう……)

 カツラスキーは慣れない手つきで赤子を抱きかかえながら、王宮に辞表を提出するため王都ドンロン行きの馬車に乗り込んだ。

《了》


2017年11月8日カツラ大戦争