第三話 Substitute 其の5

2017年11月8日カツラ大戦争

「股ドールとは珍妙な。余も手合わせ願いたいものよ。してザーメイン、絶技とは如何なる技じゃった?」

 シャザーン卿の言葉に、ザーメインは顔を赤らめ首を横に振った。

「シャザーン卿、その様な事を老人に言わすでない。何故エージェントが、そこの青年に魔ヅラを被せたのか……。とにかく貴公等は恐るべき相手と事を構えてしまったのじゃ。おそらく貴公等の事は既に調べあげているじゃろう。『ヅラ師』と呼ばれる、K.G.B.エージェントが貴公等の命を狙うかもしれん。股ドールが一人で行動する事はありえんからのう」

「ヅラ師……」

 ザーメインの話を聞きながら、ベラマッチャはこれから味わうであろう恐怖を想像して戦慄し、肌を粟立たせた。

 悪い予感を打ち消すため周りを見ると、みな顔は蒼ざめ、沈痛な表情でザーメインを見ている。唯一人スッペクタだけは、魂が抜けてしまったかの様に呆然と天井を見上げていた。

 ザーメインはベラマッチャの目を見つめると、己に言い聞かせるように話を続けた。

「職人三十六房を支配するのは、『ノーテン・クラクーラ』と呼ばれる最高位の貴族たちじゃ。連中の意図は図りかねるが、貴公等、事と次第によってはノーテン・クラクーラを敵に回す事になるぞ。それは即ち、職人三十六房すべてを敵に回す事になるのじゃ!」

 ベラマッチャはザーメインの話を聞き、絶望的になった。軍勢を持ち、職人三十六房まで操る貴族相手に、たった五人で勝てる訳がない。自分たちは渡世の義理で、街の人々に乱暴狼藉を働く暴行族を退治しただけである。

 ベラマッチャが恨めしそうな顔でワグカッチの顔役とマラッコを思い浮かべていると、ポコリーノが大声をあげた。

「ケッ! どうせ死ぬなら派手に喧嘩して死のうじゃねえか!」

 ポコリーノは恐怖が頂点に達してキレてしまった様だったが、そのヤケッぱちの発言に、ヘンタイロスとシャザーン卿が賛同した。

「どっ、どうせ死ぬならエージェントを道連れにしてやるわん」

「余もやるぞ! 再び王宮に忍び込んで、王子を逆さ吊りにしてやるわい!」

 ポコリーノはヘンタイロスとシャザーン卿を見て頷くと、パンチョスの方を向いた。

「おいパンチョス! お前はどうするんだ!?」

「俺もやるぜ。ベラマッチャさん、あんたは?」

「むぅ、こうなったら仕方ないだろう」

 パンチョスの問い掛けに、ベラマッチャは頷いた。こうなったら戦うしかないだろう。既に戦いの火蓋は切って落とされたのだ!

「フッフッフ……、流石はベラマッチャさん。K.G.B.のエージェントを潰して、股ドールにお手合わせ願おうじゃねえか」

 パンチョスはニヤリと笑うと、テーブルに左手をついて立ち上がり、ザーメインに視線を移した。

「ところでザーメイン、股ドールにイカされた話は聞いたが、股ドールをイカせたのかい? ひょっとして自分がイッちゃっただけなんじゃない?」

 パンチョスの言葉にザーメインは顔を顰めてムッとし、右手で木の杖を握り締め何事かブツブツ呟くと、大声で気合を入れた。

「どりゃあぁッ!」

 突然の大声に、みな身体をビクンと震わせたが、一人パンチョスだけは右手で左手首を掴み、机から引き剥がそうとしている。どうやらザーメインの魔術により、左手が机に貼り付いてしまったようだった。

「人をからかった罰じゃ。暫くそのままでいるんじゃな」

「おっ、おいザーメイン、悪かったよ。便所に行きてえんだ。魔術を解いてくれ」

 ザーメインは、モジモジして膝の内側を擦り付けているパンチョスを無視し、台所から花瓶とフライパンを持って来るとパンチョスの前に置いた。

「大きいほうはフライパン、小さいほうは花瓶でできるじゃろう」

 あまりに酷いザーメインの仕打ちに、パンチョスは額に脂汗を滲ませて歪んだ笑みを浮かべ、右手で花瓶を掴んだ。

 パンチョスは花瓶を握る手に力を込め、暫くそのままの体勢でいたが、クワッと目を見開いて花瓶から手を離したと思うと、今度はフライパンの柄を握り締めた。

「すっ、すまねえ……。こっちだ……」

 ベラマッチャたちは苦悶の表情を浮かべるパンチョスのため、脱糞が終わるまで外で待つ事にした。


2017年11月8日カツラ大戦争